非上場株式の評価
2025年11月19日
Q&A 弁護士のための相続税務70
中央経済社
Q: 遺産分割において、非上場株式を相続する後継者とそれ以外の相続人との間で株式の評価について意見が対立しています。後継者は相続税評価額により遺産分割すべきと主張していますが、他の相続人は時価評価額により遺産分割すべきと主張しています。
A: 遺産分割における非上場株式の評価は、相続税申告における財産評価基本通達に定められた評価方法により算定された相続税評価額によることもありますが、それはあくまで税務上の株式の評価額であり、遺産分割における利害対立の解決を目的とするものではありません。 遺産分割において相続人の間で利害が対立した場合や遺留分侵害額を算定する場 合においては、時価評価額により株式を評価することとなります。時価評価額については明確に定められた評価方法はありません。当事者双方の合意が得られた評価額が時価評価額となります。また、当事者双方の合意が得られない場合で最終的に裁判所による鑑定手続を利用したときは、通常は鑑定評価額が時価評価額となります。
解説
非上場会社とは、証券取引所に上場していない会社をいい、その会社の株式は主に経営のために支配することを目的として所有され、そのほとんどは譲渡制限を設けています。そのため、証券取引所において取引価格が形成されている上場株式と異なり、取引価格が存在しないことから、株式を評価する目的等の違いによって評価方法が異なり、それにより算定される時価評価額も変わります。
評価方法は大きく二つに分類されます。一つは、財産評価基本通達の定めによる取引相場のない株式の評価(以下「国税庁方式」といいます。)で、もう一つは、日本公認会計士協会の公表している「企業価値評価ガイドライン」を指針とする企業価値評価(以下「バリュエーション」といいます。)です。
(1) 適正な時価による非上場株式の評価方法
非上場会社の株主は、主に会社の経営に支配的影響力を持つ支配株主と、それ以外の少数株主によって構成されています。 支配株主は親族で経営する同族株主である場合が多いことから、同族株主間における株式の譲渡は、譲渡価額に経済合理性が働きにくく、課税に弊害をきたすおそれのある取引となる可能性が高くなります。 そのため、国税庁は、納税者間の適正・公平な課税を行う観点から、財産評価基本通達の定めにより画一的に評価することで、評価の客観性や安全性を確保した時価により株価を算定します (国税庁方式)。 一方、第三者間における株式の譲渡は、譲渡価額に経済合理性が働いて適正な取引になることから、課税に弊害をきたすおそれがないため、株価の算定において定められたルールというものはありません。 しかし、上場会社等では株主や出資者への説明責任を果たすため、日本公認会計士協会の「企業価値評価ガイドライン」を指針として、評価会社の企業価値について個別具体的な経済事情を織り込みながら合理的な評価方法を比較・検討することにより最終的な株価を算定します(バリュエーション)。
(2) 国税庁方式による株式の評価方法
相続、遺贈又は贈与により取得した非上場株式は、財産評価基本通達178~189の定めにある国税庁方式により株価を算定します。 国税庁方式による株価の算定は、課税が目的であることから、財産評価基本通達により画一的に評価が行われ、納税者が不利にならないように評価の安全性を確保するため、一般的に通常の取引価額よりも低い評価額になるように計算方式が定められているとされています。 したがって、遺産分割における利害対立の解決や遺留分侵害額を算定する場合においては、必ずしも適切な時価とはなりません。 なお、国税庁方式による具体的な評価方法については、以下のとおりです。
(3) バリュエーションによる株式の評価方法
日本公認会計士協会の公表している「企業価値評価ガイドライン」による株価の算定は、第三者間における株式譲渡や株式交換、利害関係の対立の解決を目的として適正な時価となるように株価を算定します。 バリュエーションによる評価方法は下記のような複数の評価方法を比較・検討した上で合理的な評価方法を選択したり、それぞれの評価結果を一定の割合で折衷したりすることにより最終的な株価を決定します。
なお、算定者により評価における前提条件や評価方法の選択などが異なり算定結果も異なることから、評価の客観性に欠けるため、税務上の株式の評価では採用されないことが通例です。
遺産分割において相続人の間で利害が対立した場合や遺留分侵害額を算定する場合においては、課税上弊害がない限り、当事者双方の合意が得られた評価額が時価評価額となります。この場合、必ずしも上記のバリュエーションによる評価である必要はなく、国税庁方式で合意しても構いません。
また、遺産分割調停や遺産分割審判に際して非上場株式の評価が必要となった場合、裁判所の鑑定手続を利用することができます。 裁判所による鑑定は、一般的に鑑定に先立ち、鑑定結果には互いに異議を述 べない旨の合意をした上で、裁判所が選任した鑑定人が相続人から提出された会計資料をもとに評価を行います。 鑑定人による評価は、主にバリュエーションによる評価をもとに、裁判所の裁量により株価を決定します。
(4) 株式の評価方法が争われた最近の裁判例(仙台薬局事件)
① 前提事実
被相続人は、亡くなる直前に第三者の企業に対して売却・資本提携等を前提に、自らが代表取締役を務める会社の株式譲渡について譲渡予定価格により譲渡する旨の基本合意書を締結しました。被相続人の相続開始後、相続人(原告ら)は、相続税申告前に第三者の企業と合意のあった譲渡予定価格で株式を譲渡しました。
② 課税の経緯
本件は、相続人である原告らが、国税庁方式により 「大会社」として類似業種比準価額で株式を評価して相続税申告を行ったところ、所轄税務署長から、相続人が株式を譲渡した価額と国税庁方式による通達評価額との間に大きな乖離があり、財産評価基本通達の定めにより評価することが著しく不適当であるとして財産評価基本通達総則6項(後記62(3)参照)に基づき、財産評価基本通達の定める類似業種比準価額とは異なる株式価値の算定報告額(国が上記の株式について専門家に評価を依頼して算出したもの)に基づいて評価すべきとして更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けたことから、原告らがこれら処分の取消しを求めた事案です。
③ 第一審判決の要旨等 東京地裁は、令和4年の最高裁判決に基づき、通達評価額と算定報告額との間に大きな乖離があることのみをもって直ちに、財産評価基本通達の定めによる画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき特段の事情があるとはいえないとした上で、相続人による本件株式の売却は、評価額の差異を利用する相続税の租税回避を目的としたものではないことから、他の納税者と比較して看過しがたい不均衡があるということは困難と判断し、国の賦課決定処分を取り消しました。 国は、第一審判決を不服として控訴しました。
④ 第二審判決の要旨
東京高裁は、一審に続いて総則6項の適用を認めず、以下の理由によって国の控訴を棄却しました。
イ 租税負担の公平性
取引相場のない株式の売買代金は、とりわけ、M&Aが行われる場合においては、高度な経営判断や双方の交渉の結果等により決定されるものであって、専門的評価による株式の交換価値を必ずしも反映しているとは限らない。 このことは、結果的に、専門的評価により交換価値と評価通達180に定める類似業種比準価額とのかい離の程度が著しいと判定された場合においても変わらない。したがって、譲渡予定価格と算定報告額が比較的近く,通達評価額と大きくかい離しているからといって、譲渡予定価格が交換価値を反映したものであるとして、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき特段の事情が存在していたということにはならない。
ロ 売買契約の成立及び売買代金債権への転嫁の蓋然性
控訴人は、取引相場のない株式について、売買契約が成立し、その所有権が買主に移転する前に、当該株式の所有者である売主が死亡した場合、売主の相続財産は売買代金債権になり、その価額は原則として売買相金額で評価される(最高裁昭和56年(行ツ) 第89号同61年12月5日第二小法廷判決・訟務月報33巻8号2149頁参照)とした上で、相続開始時に売買契約が成立に至っていなかったとしても、近い将来売買契約が成立し、売買代金債権に転化する蓋然性が高い場合、株式の交換価値が現実的に実現する蓋然性が高いものとして、売買代金相当額が 株式の交換価値としての一つの基準となり得ると主張する。 しかし、上記最高裁判決は、農地の売買契約が成立し、代金の相当部分の履行があったという場合において、農地法所定の要件が具備される前であっても、相続財産は売買残代金債権である旨判断したものであって、本件のように、売買契約が未だ成立していない場合とは明らかに状況を異にするというべきである。売買契約が未だ成立していない状況下において上記のような蓋然性を判断するためには、種々の事情を考慮する必要があり、そのような不明確な基準によることは不適切であるといわざるを得ない。したがって、近い将来における売買契約の成立及び売買代金債権への転嫁の蓋然性の程度を基準にすることは適切でない。
ハ 納税者間の不公平についての認定
最高裁令和4年判決は、評価通達6項の適用の有無に当たり、被相続人が、相続税の負担を減じ又は免れさせる行為をしたことを考慮しているところ、本件において、被相続人及び相続人らによるこれに類する行為があったとは認め難い。 そして、譲渡予定価格が、その時点で相続が発生した場合における評価通達180による評価額を大きく上回るものであったことは、本件の経過に照らして明らかであるから、本件基本合意は、本件被相続人の生存中に売買契約が成立した場合、代金債権に転化し、又は代金が支払われることによって、相続税の負担を増大させる可能性を有するものであり、相続税の負担を減じ、又は免れさせるという効果は存しないことから、他の納税者との関係で不公平であると判断する余地はない。
⑤ 判決の確定
第二審判決の結果、国は上告を断念し、判決が確定しました。
A: 遺産分割における非上場株式の評価は、相続税申告における財産評価基本通達に定められた評価方法により算定された相続税評価額によることもありますが、それはあくまで税務上の株式の評価額であり、遺産分割における利害対立の解決を目的とするものではありません。 遺産分割において相続人の間で利害が対立した場合や遺留分侵害額を算定する場 合においては、時価評価額により株式を評価することとなります。時価評価額については明確に定められた評価方法はありません。当事者双方の合意が得られた評価額が時価評価額となります。また、当事者双方の合意が得られない場合で最終的に裁判所による鑑定手続を利用したときは、通常は鑑定評価額が時価評価額となります。
解説
非上場会社とは、証券取引所に上場していない会社をいい、その会社の株式は主に経営のために支配することを目的として所有され、そのほとんどは譲渡制限を設けています。そのため、証券取引所において取引価格が形成されている上場株式と異なり、取引価格が存在しないことから、株式を評価する目的等の違いによって評価方法が異なり、それにより算定される時価評価額も変わります。
評価方法は大きく二つに分類されます。一つは、財産評価基本通達の定めによる取引相場のない株式の評価(以下「国税庁方式」といいます。)で、もう一つは、日本公認会計士協会の公表している「企業価値評価ガイドライン」を指針とする企業価値評価(以下「バリュエーション」といいます。)です。
(1) 適正な時価による非上場株式の評価方法
非上場会社の株主は、主に会社の経営に支配的影響力を持つ支配株主と、それ以外の少数株主によって構成されています。 支配株主は親族で経営する同族株主である場合が多いことから、同族株主間における株式の譲渡は、譲渡価額に経済合理性が働きにくく、課税に弊害をきたすおそれのある取引となる可能性が高くなります。 そのため、国税庁は、納税者間の適正・公平な課税を行う観点から、財産評価基本通達の定めにより画一的に評価することで、評価の客観性や安全性を確保した時価により株価を算定します (国税庁方式)。 一方、第三者間における株式の譲渡は、譲渡価額に経済合理性が働いて適正な取引になることから、課税に弊害をきたすおそれがないため、株価の算定において定められたルールというものはありません。 しかし、上場会社等では株主や出資者への説明責任を果たすため、日本公認会計士協会の「企業価値評価ガイドライン」を指針として、評価会社の企業価値について個別具体的な経済事情を織り込みながら合理的な評価方法を比較・検討することにより最終的な株価を算定します(バリュエーション)。
(2) 国税庁方式による株式の評価方法
相続、遺贈又は贈与により取得した非上場株式は、財産評価基本通達178~189の定めにある国税庁方式により株価を算定します。 国税庁方式による株価の算定は、課税が目的であることから、財産評価基本通達により画一的に評価が行われ、納税者が不利にならないように評価の安全性を確保するため、一般的に通常の取引価額よりも低い評価額になるように計算方式が定められているとされています。 したがって、遺産分割における利害対立の解決や遺留分侵害額を算定する場合においては、必ずしも適切な時価とはなりません。 なお、国税庁方式による具体的な評価方法については、以下のとおりです。
(3) バリュエーションによる株式の評価方法
日本公認会計士協会の公表している「企業価値評価ガイドライン」による株価の算定は、第三者間における株式譲渡や株式交換、利害関係の対立の解決を目的として適正な時価となるように株価を算定します。 バリュエーションによる評価方法は下記のような複数の評価方法を比較・検討した上で合理的な評価方法を選択したり、それぞれの評価結果を一定の割合で折衷したりすることにより最終的な株価を決定します。
なお、算定者により評価における前提条件や評価方法の選択などが異なり算定結果も異なることから、評価の客観性に欠けるため、税務上の株式の評価では採用されないことが通例です。
遺産分割において相続人の間で利害が対立した場合や遺留分侵害額を算定する場合においては、課税上弊害がない限り、当事者双方の合意が得られた評価額が時価評価額となります。この場合、必ずしも上記のバリュエーションによる評価である必要はなく、国税庁方式で合意しても構いません。
また、遺産分割調停や遺産分割審判に際して非上場株式の評価が必要となった場合、裁判所の鑑定手続を利用することができます。 裁判所による鑑定は、一般的に鑑定に先立ち、鑑定結果には互いに異議を述 べない旨の合意をした上で、裁判所が選任した鑑定人が相続人から提出された会計資料をもとに評価を行います。 鑑定人による評価は、主にバリュエーションによる評価をもとに、裁判所の裁量により株価を決定します。
(4) 株式の評価方法が争われた最近の裁判例(仙台薬局事件)
① 前提事実
被相続人は、亡くなる直前に第三者の企業に対して売却・資本提携等を前提に、自らが代表取締役を務める会社の株式譲渡について譲渡予定価格により譲渡する旨の基本合意書を締結しました。被相続人の相続開始後、相続人(原告ら)は、相続税申告前に第三者の企業と合意のあった譲渡予定価格で株式を譲渡しました。
② 課税の経緯
本件は、相続人である原告らが、国税庁方式により 「大会社」として類似業種比準価額で株式を評価して相続税申告を行ったところ、所轄税務署長から、相続人が株式を譲渡した価額と国税庁方式による通達評価額との間に大きな乖離があり、財産評価基本通達の定めにより評価することが著しく不適当であるとして財産評価基本通達総則6項(後記62(3)参照)に基づき、財産評価基本通達の定める類似業種比準価額とは異なる株式価値の算定報告額(国が上記の株式について専門家に評価を依頼して算出したもの)に基づいて評価すべきとして更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けたことから、原告らがこれら処分の取消しを求めた事案です。
③ 第一審判決の要旨等 東京地裁は、令和4年の最高裁判決に基づき、通達評価額と算定報告額との間に大きな乖離があることのみをもって直ちに、財産評価基本通達の定めによる画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき特段の事情があるとはいえないとした上で、相続人による本件株式の売却は、評価額の差異を利用する相続税の租税回避を目的としたものではないことから、他の納税者と比較して看過しがたい不均衡があるということは困難と判断し、国の賦課決定処分を取り消しました。 国は、第一審判決を不服として控訴しました。
④ 第二審判決の要旨
東京高裁は、一審に続いて総則6項の適用を認めず、以下の理由によって国の控訴を棄却しました。
イ 租税負担の公平性
取引相場のない株式の売買代金は、とりわけ、M&Aが行われる場合においては、高度な経営判断や双方の交渉の結果等により決定されるものであって、専門的評価による株式の交換価値を必ずしも反映しているとは限らない。 このことは、結果的に、専門的評価により交換価値と評価通達180に定める類似業種比準価額とのかい離の程度が著しいと判定された場合においても変わらない。したがって、譲渡予定価格と算定報告額が比較的近く,通達評価額と大きくかい離しているからといって、譲渡予定価格が交換価値を反映したものであるとして、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき特段の事情が存在していたということにはならない。
ロ 売買契約の成立及び売買代金債権への転嫁の蓋然性
控訴人は、取引相場のない株式について、売買契約が成立し、その所有権が買主に移転する前に、当該株式の所有者である売主が死亡した場合、売主の相続財産は売買代金債権になり、その価額は原則として売買相金額で評価される(最高裁昭和56年(行ツ) 第89号同61年12月5日第二小法廷判決・訟務月報33巻8号2149頁参照)とした上で、相続開始時に売買契約が成立に至っていなかったとしても、近い将来売買契約が成立し、売買代金債権に転化する蓋然性が高い場合、株式の交換価値が現実的に実現する蓋然性が高いものとして、売買代金相当額が 株式の交換価値としての一つの基準となり得ると主張する。 しかし、上記最高裁判決は、農地の売買契約が成立し、代金の相当部分の履行があったという場合において、農地法所定の要件が具備される前であっても、相続財産は売買残代金債権である旨判断したものであって、本件のように、売買契約が未だ成立していない場合とは明らかに状況を異にするというべきである。売買契約が未だ成立していない状況下において上記のような蓋然性を判断するためには、種々の事情を考慮する必要があり、そのような不明確な基準によることは不適切であるといわざるを得ない。したがって、近い将来における売買契約の成立及び売買代金債権への転嫁の蓋然性の程度を基準にすることは適切でない。
ハ 納税者間の不公平についての認定
最高裁令和4年判決は、評価通達6項の適用の有無に当たり、被相続人が、相続税の負担を減じ又は免れさせる行為をしたことを考慮しているところ、本件において、被相続人及び相続人らによるこれに類する行為があったとは認め難い。 そして、譲渡予定価格が、その時点で相続が発生した場合における評価通達180による評価額を大きく上回るものであったことは、本件の経過に照らして明らかであるから、本件基本合意は、本件被相続人の生存中に売買契約が成立した場合、代金債権に転化し、又は代金が支払われることによって、相続税の負担を増大させる可能性を有するものであり、相続税の負担を減じ、又は免れさせるという効果は存しないことから、他の納税者との関係で不公平であると判断する余地はない。
⑤ 判決の確定
第二審判決の結果、国は上告を断念し、判決が確定しました。