ホーム

弁護士の知識

相続財産の譲渡時の取得費加算

2025年11月19日

Q&A 弁護士のための相続税務70
中央経済社

Q: 納税資金に不足が生じたため、父から相続した土地建物と上場株式を譲渡しました。
A: 土地建物及び上場株式を譲渡した場合には、他の所得金額と区分して税金を計算します。また、相続によって取得した土地建物及び上場株式の取得費については、被相続人の取得費及び取得時期を引き継ぐとともに、相続税額のうち一定の金額を取得費に加算することができます。
解説
(1) 土地建物の譲渡所得の計算
土地や建物を売却したときの譲渡所得に対する税金は、事業所得や給与所得などの所得と分離して計算します(「申告分離課税」といいます。)(措法31,32,措令20)。また、譲渡所得の金額は、土地や建物を売却した金額から取得費と譲渡費用を差し引いて計算します(所法33)。
① 取得費
取得費とは、売却した土地や建物の購入代金や、購入手数料などの資産の取得に要した金額に、その後支出した改良費、設備費を加えた合計額をいいます。建物の取得費は、所有期間中の減価償却費相当額を差し引いて計算します(所法38)。 また、土地や建物の取得費がわからない場合や実際の取得費が譲渡価額の5%よりも少ないときは、譲渡価額の5%を取得費(「概算取得費」といいます。)とすることができます(措法31の4、措通31の4-1)。 相続した土地建物を譲渡した場合は、先代が購入した実際の取得費を引き継ぐとともに、相続登記費用を加えることができます(所法60)。ただし、概算取得費を選択する場合は、相続登記費用を概算取得費に加えることはできません。
② 譲渡費用
譲渡費用とは、土地建物を売却するために支出した費用をいい、仲介手数料,測量費,売買契約書の印紙代、売却するときに借家人などに支払った立退料、建物を取り壊して土地を売るときの取壊し費用などをいいます(所基通33-7)。
③ 長期譲渡所得と短期譲渡所得
土地や建物を売却したときの譲渡所得は、所有期間によって長期譲渡所得と短期譲渡所得とに区分され,長期譲渡所得は税率15.315%(住民税5%),短期譲渡所得は税率30.63%(住民税9%)で課税されます。 長期譲渡所得とは、譲渡した年の1月1日において所有期間が5年を超えるものをいい、短期譲渡所得とは、譲渡した年の1月1日において所有期間が5年以下のものをいいます。ここでいう「所有期間」とは、土地や建物の取得の日から引き続き所有していた期間をいい、相続により取得したものは、被相続人の取得した日から計算します。
(2) 株式等の譲渡所得の計算
株式等を売却したときの譲渡所得に対する税金は、「上場株式等に係る譲渡所得等の金額」と「一般株式等に係る譲渡所得等の金額」に区分し、他の所得の金額と区分して税金を計算する「申告分離課税」とされ、両者は、それぞれ別々の申告分離課税とされているため、原則として、一方の譲渡損失の金額をもう一方の譲渡所得の金額から控除することはできません。
① 上場株式等に係る譲渡所得等の金額の計算方法 (措法37の11)

上場株式等に係る譲渡所得等の金額 = 総収入金額(譲渡価額) - 必要経費 (取得費 + 委託手数料等)

② 一般株式等に係る譲渡所得等の金額の計算方法 (措法37の10)

一般株式等に係る譲渡所得等の金額 = 総収入金額(譲渡価額) - 必要経費 (取得費 +委託手数料等)

(※) 総収入金額 (譲渡価額)には、償還、解約により交付を受ける金銭等の額を含みます。
(3) 相続財産を譲渡した場合の相続税額の取得費加算の特例
相続税額の取得費加算の特例は、相続又は遺贈により取得した土地、建物、株式などの財産を、一定期間内に譲渡した場合に適用することとされており、相続税額のうち一定金額が譲渡資産の取得費に加算されます(措法39)。 本特例は、譲渡所得のみに適用があるため、株式等の譲渡が事業所得及び雑所得に該当する場合は適用できません。 また、本特例は、譲渡した資産ごとに特例の適用前の譲渡所得の計算において、譲渡益 (売却利益)が生じている場合に限られ、土地建物の譲渡は取引ごと、株式の譲渡は株式の銘柄ごとに譲渡損益を計算し、その譲渡益の範囲内で特例適用額を計算します。 本特例の適用を受けるためには、次の要件をすべて満たす必要があります。
① 相続や遺贈により財産を取得した人であること。
② その財産を取得した人に相続税が課税されていること。
③ その財産を、相続開始のあった日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡していること。
(4) 特例適用限度額の計算
土地建物は取引ごとに、株式は銘柄ごとに譲渡損益の計算を行い、その譲渡益が取得費加算の限度額となります。
① 例1
譲渡価格(譲渡収入金額) 2,000万円
取得費及び譲渡費用の合計額 1,800万円
譲渡益 +200万円(=2,000万円-1,800万円)
⇒取得費に加算する相続税額は 譲渡益の200万円が限度です
② 例2
譲渡価格(譲渡収入金額) 2,000万円
取得費及び譲渡費用の合計額 2,500万円
譲渡損失 ▲500万円(=2,000万円-2,500万円)
⇒譲渡損失が生じているため 本特例は適用できません。