弁護士の知識

国外転出(相続)時課税

2025年11月19日

Q&A 弁護士のための相続税務70
中央経済社

Q: 父は、相続開始時点で1億円を超える有価証券を保有していました。 共同相続人のうち1名は国外に居住しています。
A: お父様が相続開始日時点において1億円以上の有価証券を保有しており、 非居住者である相続人がその有価証券の全部又は一部を取得した場合には、国 外転出(相続)時課税の適用があります。この場合、お父様が相続開始日時点 でその有価証券を譲渡したものとして、その非居住者である相続人は所得税の 準確定申告を行わなければなりません。
解説
(1) 国外転出(相続) 時課税とは
国外転出時課税とは、居住者が含み益の生じている有価証券等を保有したま ま出国し、キャピタルゲイン課税のない国で有価証券等を譲渡することで所得 税課税を逃れることを防止するための制度です(所法60の2)。 この制度は、相続により国内に居住する被相続人から国外に居住する相続人 へ有価証券等が移転した場合にも、適用されます(所法60の3)。
(2) 対象者
次のいずれにも該当する被相続人から、非居住者へ対象資産の移転があった 場合に、課税の対象となります。
① 相続開始の時において、1億円以上の対象資産を所有していること。
② 原則として相続開始日前10年以内において、国内に5年を超えて住所又は居 所を有していること。ただし、一定の在留資格をもって在留していた期間は含 みません。
なお、対象資産の価額の合計額が1億円以上となるか否かについては、非居 住者が取得する対象資産の価額のみでなく、被相続人が相続開始時に所有して いた対象資産の価額の合計額で判定することに注意が必要です。
(3) みなし譲渡所得課税の特例の適用対象となる対象資産の範囲
みなし譲渡所得課税の特例の適用対象となる「対象資産」は、有価証券等, 未決済信用取引等及び未決済デリバティブ取引で、以下のとおりです。
① 有価証券等
みなし譲渡所得等の課税の特例の適用対象となる「有価証券等」とは、「有価証券」又は「匿名組合契約の出資の持分」をいいます(所法60の2①)。このうち、「有価証券」とは、金融商品取引法に規定する有価証券及び所得税法施行令に規定する有価証券に準ずるものをいい(所法2①十七,所令4),租税特別措置法上の「株式等」とは異なる点に注意が必要です。
② 未決済信用取引等
みなし譲渡所得等の課税の特例の適用対象となる「未決済信用取引等」とは、国外転出の時において決済していない金融商品取引法に規定する信用取引又は発行日取引をいいます(所法60の2②)。
③ 未決済デリバティブ取引
みなし譲渡所得等の課税の特例の適用対象となる「未決済デリバティブ取引」とは、国外転出の時において決済していない金融商品取引法に規定するデリバティブ取引をいいます(所法60の2③)。 (4) 所得税の準確定申告 国外転出(相続) 時課税の適用がある場合には、被相続人が相続開始時点で所有する有価証券等を譲渡したものとして、所得税の準確定申告を行う必要が あります。準確定申告の期限は、相続開始を知った日から4か月以内です(前 記54(1)参照)。
しかし、例えば遺言がある場合や、準確定申告の期限前に遺産分割協議が確 定した場合などで、非居住者がその対象資産を取得しないことが確定したとき には、国外転出 (相続) 時課税の適用はありません。準確定申告の期限までに 未分割であった場合には、非居住者も含め法定相続分で有価証券を取得したも のとして、準確定申告を行います。 なお、準確定申告において納付すべき所得税額は、被相続人の債務として、 相続税の計算上控除することができます。
(5) 納税猶予
みなし譲渡所得課税の特例の適用においては、未実現の含み益に対して課税 され、その含み益に見合う納税資金は実在しないことから、納税猶予の制度が 設けられています。 国外転出(相続) 時課税の申告期限までに、納税管理人の届出をするなど一 定の手続を行った場合には、本規定の適用により納付することとなった所得税 について、相続開始の日から5年4か月 (納税猶予期限の延長をしている場合 には10年4か月)を経過する日まで、納税を猶予することができます。ただし、 納税猶予期間中に対象資産を譲渡した場合や、猶予期間が満了した場合には、 猶予された所得税及び利子税を納付しなければなりません。 なお、猶予期間満了前に、納税を猶予されていた非居住者が日本に帰国した 場合には、国外転出(相続)時課税の適用がなかったものとして、課税の取消 しをすることができます。この場合、帰国の日から4か月以内に更正の請求を 行います(所法60の26 153の2①, 60の36. 153の3①)。