弁護士の知識

マンション通達の新設

2025年11月19日

Q&A 弁護士のための相続税務70
中央経済社

Q: 私は都内の高層マンションに住んでいます。今後に備え、タワーマンションの評価方法を知っておきたいと思います。
A: 相続税の節税対策として、マンションの取得や賃貸を行うなどのマンション経営が注目されてきたところですが、最高裁令和4年判決2を契機として、マンションの評価方法が見直され、令和6年1月1日以後の相続、贈与等から適用されます。
解説
(1) 最高裁令和4年判決の要旨
被相続人(平成24年6月17日相続開始)は、平成21年に2棟の不動産 (各不動産)を13億8,700万円で購入し、その際、信託銀行等から10億5,500万円の借入れをしました。納税者(上告人)らが、各不動産の価額を通達評価額(3億3,370万円余)に基づき相続税の申告をしたところ、税務署が、財産評価基本通達6 《この通達の定めにより難い場合の評価》を適用し、鑑定評価額(12億7,300万円)に基づき各更正処分を行ったことから、納税者らが処分の取消しを求めた事案において、最高裁は次のように判断し、税務署による更正処分を妥当としました。
相続税法22条は、相続等により取得した財産の価額を当該財産の取得の時における時価によるとするが、ここにいう時価とは当該財産の客観的な交換価値をいうものと解される。そして、評価通達は、上記の意味における時価の評価方法を定めたものであるが、上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指揮するために発した通達にすぎず、これが国民に対し直接の法的効力を有するというべき根拠は見当たらない。そうすると、相続税の課税価格に算入される財産の価額は、当該財産の取得の時における客観的な交換価値としての時価を上回らない限り、同条に違反するものではなく、このことは、当該価額が評価通達の定める方法により評価した価額を上回るか否かによって左右されないというべきである。 そうであるところ、本件各更正処分に係る課税価格に算入された本件各鑑定評価額は、本件各不動産の客観的な交換価値としての時価であると認められるというのであるから、これが本件各通達評価額を上回るからといって、相続税法22条に違反するものということはできない。
他方、租税法上の一般原則としての平等原則は、租税法の適用に関し、同様の状況にあるものは同様に取り扱われることを要求するものと解される。そして、評価通達は相続財産の価額の評価の一般的な方法を定めたものであり、課税庁がこれに従って画一的に評価を行っていることは公知の事実であるから、課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、上記の平等原則に違反するものとして違法というべきである。もっとも、上記に述べたところに照らせば、相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するものではないと解するのが相当である。 これを本件各不動産についてみると、本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるということができるものの、このことをもって上記事情があるということはできない。
もっとも、本件購入・借入れが行われなければ本件相続に係る課税価格の合計額は6億円を超えるものであったにもかかわらず、これが行われたことにより、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は2826万1000円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になるというのであるから、上告人らの相続税の負担は著しく軽減されることになるというべきである。そして、被相続人及び上告人らは、本件購入・借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続において上告人らの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件購入・借入れを企画して実行したというのであるから、租税負担の軽減をも意図してこれを行ったものといえる。そうすると、本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことは、本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と上告人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべきであるから、上記事情があるものということができる。 したがって、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するということはできない。
(2) マンション通達制定までの経緯
令和5年度与党税制改正大綱(令和4年12月16日決定)の基本的考え方等において、「マンションについては、市場での売買価格と通達に基づく相続税評価額とが大きく乖離しているケースが見られる。現状を放置すれば、マンションの相続税評価額が個別に判断されることもあり、納税者の予見可能性を確保する必要もある。このため、相続税におけるマンションの評価方法については、相続税法の時価主義の下、市場価格との乖離の実態を踏まえ、適正化を検討する。」(下線は筆者)と記載されました。
このため、国税庁は、マンションの相続税評価について、市場価格との乖離の実態を踏まえた上で適正化を検討するため、令和5年1月に有識者会議を設置し、その後、見直し案の要旨について有識者からの意見を踏まえ、通達案を作成し、意見公募手続 (パブリックコメント)を行いました(同年7~8月)。 そして、国税庁は令和5年10月6日、相続税におけるマンションの評価方法を定めた個別通達となる「居住用の区分所有財産の評価について(法令解釈通達)」(以下「マンション通達」といいます。)を公表し、令和6年1月1日以後に相続、遺贈又は贈与により取得したマンションの評価については、この通達によることとされました(前記50参照)。
(3) マンション通達への総則6項の適用
財産評価基本通達総則6項は、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と定めています。たとえ通達に基づき評価したとしても、その結果,租稅負担の公平に反するなどの事情があるときは、是正されることがあるわけです。
この点、国税庁では、マンション通達趣旨情報において、「本通達及び評価通達の定める評価方法によって評価することが著しく不適当と認められる場合には、評価通達6が適用される」とし、また、マンション通達Q&Aにおいて、「一室の区分所有権等に係る敷地利用権及び区分所有権の価額について、評価基本通達6の定めにより、本通達を適用した価額よりも高い価額により評価することもあります。」とされています。
区分所有マンションの評価額についてマンション通達を適用して算定したとしても、市場売買価額と著しい乖離があり、かつ、近い将来相続が発生することが見込まれる人及びその推定相続人等が相続税節税目的で多額の融資を受けマンションを購入する場合などが、マンション通達により評価することが著しく不適当と認められる場合に該当すると考えられますが、マンション通達において、どのような場合に総則6項が適用されるかについて、具体的な取扱いは示されていません。
(4) マンション通達の今後の見直し
国税庁では、マンション通達の今後の見直しについて、「3年に1度行われる固定資産税評価の見直しに併せて行うことが合理的であり、改めて実際の取引事例についての相続税評価額と売買実例価額との乖離状況等を踏まえ、その要否を含めて行うことを考えています。」との考え方を示しています。 よって、路線価方式のように毎年の改正はなく、3年間は評価乖離率(前記50(2)参照)を含むマンション通達の改正はないものと見込まれます。
なお、マンション市場の高騰や急落など経済情勢の変化によっては、3年を待たずして改正されることも考えられます。