ホーム

弁護士の知識

具体的相続分による遺産分割の 時的限界に係る改正

2025年11月19日

Q&A 弁護士のための相続税務70
中央経済社

Q :11年前に祖父が亡くなり、父が今年亡くなりました。祖父名義の土 地があり、祖父の相続人の1人である叔母に祖父の遺産分割を申し入れた ところ、叔母は、父が生前に祖父から1,000万円の自宅建築資金の贈与を 受けており、特別受益があるため、これを考慮して遺産分割をするべきで ある旨を主張しています。
A :特別受益を考慮して遺産分割を行う旨の主張は正当ですが、相続開始後 10年を経過しているため、あなたは、単純に2分の1ずつの分割を主張すること ができます。
解説
長期間放置された後の遺産分割では、具体的相続分に関する証拠等が散逸し、その認定が困難となる上、いつまでも特別受益や寄与分の主張が可能であると、遺産分割を行う動機付けなく、未分割のまま放置されるおそれがあることから、遺産分割に係る民法改正が行われ、特別受益及び寄与分の主張制限が設けられました。改正法のルールは令和5年4月1日から適用されています。
(1) 具体的相続分
遺産分割の基準として法定相続分が定められていますが、被相続人の遺した財産をそのまま法定相続分により分割すると不公平になる場合があります。このため、法定相続分を調整するのが特別受益 (民法903),寄与分(民法904の2)です。 法定相続分が調整されて、その結果、遺産分割の基準となる相続分(割合)を具体的相続分といいます。
(2) 特別受益
特別受益とは、遺贈又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本としての贈与です(民法903①)。遺贈には、「相続させる遺言」(特定財産承継遺言)による取得や死因贈与も含まれます。 贈与は、すべての贈与 (例えば親が子供に与えたお小遣い)が含まれるわけではなく、婚姻や養子縁組のために与えた贈与や生計の資本としての贈与に限定されます。どのくらいの金額が「生計の資本」となるのかは一概にはいえませんが、相続人間の公平を害し、相続分の前渡しといえるような贈与がこれに当たると解されます。 特別受益がある場合には、具体的相続分は次のように計算されます。このように計算されることを特別受益の「持ち戻し」といいます。
特別受益を受けた相続人の相続分=(相続財産+特別受益)×法定相続分 -特別受益 その他の相続人の相続分= (相続財産+特別受益)×法定相続分
特別受益は相続開始時の時価に評価し直します(民法904)。このため、相当以前に受けた贈与について相続開始時の時価に評価し直すと、とても高額になっている場合があり得ます。
上記の計算の結果、特別受益を受けた相続人の相続分がマイナスになる場合には、その人が遺産分割で取得する財産がなくなるだけで、法定相続分を超える部分を返還する必要があるわけではありません(民法903②)。ただし、遺留分を侵害している場合には、遺留分侵害額請求を受けることがあります。
(3) 寄与分
寄与分とは、被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付,被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした相続人がいた場合に、その相続分を修正するものです(民法904の2①)。
寄与分については、主張すれば直ちに認められるわけではなく、相続人間の協議により合意するか、家庭裁判所に寄与分を定める申立てを行い、決定してもらう必要があります(民法904の2②)。
寄与分が認められた場合の相続分は、次のように計算されます(民法904の2①)。
寄与した相続人の相続分= (相続財産-寄与分)×法定相続分+寄与分
その他の相続人の相続分= (相続財産-寄与分)×法定相続分
(4) 特別受益・寄与分の主張の期間制限
特別受益・寄与分の主張は、相続開始後10年を経過すると主張することができなくなります(民法904の3)。
この場合には、法定相続分による分割のみが可能となります。遺産分割が行われないまま長期に放置される事案があることから、遺産分割を推進する観点から期間制限が行われました。ただし、施行日前に相続が開始した遺産の分割については、相続開始時から10年を経過する時又は施行の時から5年を経過する時のいずれか遅い時までは、特別受益・寄与分の主張をすることができます(令3民法改正附則3参照)。 例外として、①相続開始の時から10年を経過する前に、相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたとき、②相続開始の時から始まる10年の期間の満了前6か月以内の間に、遺産の分割を請求することができないやむを得ない事由が相続人にあった場合において、その事由が消滅した時から6か月を経過する前に、その相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたときについては、相続開始後10年を経過していても特別受益・寄与分の主張を行うことができます。
また、当事者が任意に合意して特別受益や寄与分を考慮して遺産分割を成立させることは妨げられません。
なお、遺産については、その性質から、相続人が遺産分割手続によらず共有物分割請求を行うことはできないと解されてきましたが、上記の期間制限が設けられたことから、このことを明示するとともに(民法258の2①),相続開始後10年を経過した場合には共有物分割請求を行うことができることとなりました(同②)。
(5) 本事例の取扱い
本事例については、祖父の相続開始から11年が経過しているため、叔母の特別受益の主張は、(相談者が任意で認めるのであれば別ですが)認められません(ただし、令和5年4月1日の施行日から5年以内であれば、経過措置の適用がありますので、叔母の主張は認められます。)。このため、法定相続分による分割が認められ、また、遺産分割手続を行わずに、いきなり共有物分割手続を行うことも可能です。
なお、令和3年の民法改正は、「相続開始の時から10年を経過するまでに遺産分割しなければならない」という制限が設けられたわけではなく、「特別受益と寄与分の主張に、相続開始の時から10年の期限を設ける」というものです。遺産分割協議における特別受益と寄与分の主張に期限が設けられたことにより、その主張ができる権利者にとっては不利益を被ることも考えられますので注意を要します。