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弁護士の知識

名義財産が把握された場合

2025年11月19日

Q&A 弁護士のための相続税務70
中央経済社

Q: 相続税の申告後、税務調査に入られ、相続人である私名義の預金が被相続人である父の相続財産であると指摘されました。
A: 相続税の申告において、相続財産として計上していなかった被相続人の相続財産が見つかった場合、その相続財産が被相続人に帰属するものであれば、名義にかかわらず修正申告をしなければなりません。
解説
相続税の申告後,被相続人の預金や株式など新たな財産が見つかった場合、相続開始の時における預貯金の残高などを相続財産に加え修正申告を行わなければなりません。
(1) 申告漏れ相続財産の状況等
税務調査における申告漏れ相続財産に占める現金・預貯金及び有価証券の割合は、43.4% (令和4事務年度)であり、大きな割合を占めています。これらの中には、被相続人の自宅の金庫から多額の現金や株式が把握されるケースや銀行の貸金庫から金地金が把握されるケースのほか、被相続人名義の預貯金や相続人名義などの名義財産が把握されるケースも多分に含まれていると思料します。また、被相続人名義の預貯金口座から出金された現金が相続人名義の預貯金として蓄財されていた場合も相続財産と認定される可能性があります。
(2) 申告漏れ財産の帰属
このように税務調査において把握された財産については、その名義等にかかわらず実質的に誰に帰属するのか特定されることとなります。
① 把握された財産が被相続人名義の場合
税務調査において、被相続人名義の申告漏れ財産が把握された場合、その財産の原資及び形成された経緯、申告漏れに至った原因などについて質問調査が行われます。そして、申告漏れ財産について隠蔽行為がないと判断されれば、通常、修正申告の勧奨が行われ、過少申告加算税の賦課決定が行われます。
② 把握された財産が相続人名義の場合
相続人に帰属する預金か、被相続人に帰属する預金かについて、先鋭に争われることになります。 預金の帰属の認定においては、原資が非常に重要な要素であることから、相続人の申告状況や職歴等に照らし、相続人がその資産を形成するに足りる十分な資力があったか否か、それがないにもかかわらず、多額の相続人名義の財産がある場合には、質問調査等により、その財産の原資の確認が行われます。 その財産が被相続人から相続人名義の財産に移動していることの確認が行われた場合は、その移転の事由について判断されます(単なる名義財産か、贈与によるものか、借入金の返済など他の法律行為に基づくものか等)。 被相続人から相続人に贈与されたものである旨主張する事例は多いですが、その際には、贈与契約書の有無、預貯金口座の開設者、通帳・印鑑の管理状況、相続人による費消・運用,贈与税申告の有無などの事情等を考慮して判断されます。贈与とは認められなかった事例も多く5、それなりに難易度は高いものと考えられます。 なお、名義預金が被相続人に帰属すると認定された場合、把握された名義預金については、被相続人の遺産となりますので、遺産分割の問題が生じます。
(3) 名義財産が争点となった事例
① 名義財産が被相続人に帰属するとされた事例
相続人が相続税の申告を行ったところ、税務署から、被相続人の妻名義の預金(本件預金)について、本件預金は「被相続人の財産」であるなどとして相続税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けたため、相続人がその処分の取消しを求めて争った事例で、東京地裁は次のように判示し、相続人の主張を認めませんでした(前記11参照)。

ある財産が被相続人以外の者の名義となっていたとしても、当該財産が相続開始時において被相続人に帰属するものであったと認められるものであれば、当該財産は、相続税の課税の対象となる財産となる。 そして、被相続人以外の者の名義である財産が相続開始時において被相続人に帰属するものであったか否かは、当該財産又はその購入原資の出捐者、当該財産の管理及び運用の状況、当該財産から生ずる利益の帰属者、被相続人と当該財産の名義人並びに当該財産の管理及び運用をする者との関係、当該財産の名義人がその名義を有することになった経緯等を総合考慮して判断するのが相当である。

② 被相続人の家族名義の預貯金等は被相続人に帰属する相続財産とは認められないとした事例
本事例は、税務署が、相続人の家族名義の預貯金等については相続財産であり、これを申告しなかったことは事実の隠蔽又は仮装行為に当たるとして、相続税の各更正処分及び重加算税の賦課決定処分を行ったのに対し、相続人が、これらの処分の取消しを求めた事例で、審査請求において、相続人の主張が認められました。

原処分庁は、請求人ら及びその家族の名義の預貯金等(本件預貯金等)について、請求人らの申述及び代理人から提出された本件預貯金等に関する金額の移動状況等を記載した資料に基づき、その管理・運用状況、原資となった金員の出捐者及び贈与の事実等を総合的に勘案すると被相続人の相続財産に該当する旨主張する。 しかしながら、原処分庁は、本件預貯金等の使用印鑑の状況や保管場所などの管理状況について何ら具体的に主張立証を行わず、また、その出捐者についても、相続開始日前3年間の被相続人の収入が多額であることなどを挙げるのみで、具体的な出捐の状況について何ら主張立証を行わない。そして、当審判所の調査の結果によっても、被相続人、請求人ら及びその家族の名義で取引先の金融機関に提出された印鑑届等の筆跡並びに印影から、本件預貯金等は各名義人が管理・運用していたと推認されるものの、本件預貯金等の出捐者については、誰であるか認定することはできず、また、被相続人から請求人らに対する贈与の事実の有無については、贈与がなかったと認めるには至らなかった。したがって、本件預貯金等の管理・運用の状況、原資となった金員の出捐者及び贈与の事実の有無等を総合的に勘案しても、本件預貯金等がいずれに帰属するのかが明らかでなく、ひいては、本件預貯金等が被相続人に帰属する、すなわち、相続財産に該当すると認めることはできない。
(4) 相続人名義の預貯金が被相続人から贈与により取得したものであった場合
相続人名義の預貯金の原資が被相続人の預貯金であると認定された場合、贈与税の時効は贈与が行われた年に係る申告期限から原則6年であることから、税務調査の段階で6年が経過していなければ、贈与税の申告を行わなければなりません(後記69(3)参照)。申告期限を過ぎていますから、期限後申告となり、本税のほか無申告加算税及び延滞税が課税されることとなります。 この場合、相続開始前7年以内に贈与によって取得した財産があるときについては、その財産の贈与時の取得価額を相続財産に加算し、その加算された贈与財産に対応する贈与税額は加算された人の相続税の計算上控除しますが、加算税及び延滞税は控除できません。
(5) 本事例の場合
税務調査で指摘された相続人名義の預金の帰属について、事実関係を最もよく知っているのは相続人自身です。まずは、相続人にその預金口座の開設された経緯、原資,資金の移動状況、預金口座の保管状況、贈与契約の有無などを確認します。そして、相続人に帰属すると判断できたなら、収集した証拠を整理した上、税務署との交渉に臨みます。