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税理士の知識

強制換価手続|強制的な回収

2025年11月19日

書名: 税理士業務で知っておきたい法律知識
著者名: 森 章太, 出版社名: 日本実業出版社, 発行年月日: 2022年4月1日, 引用ページ: 不明, ISBNコード: 978-4-534-05917-8

所得税の納税義務として、「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合における国税徴収法2条10号に規定する強制換価手続による資産の譲渡による所得」が挙げられています(所税9条1項10号)。

国税通則法2条10号に規定する強制換価手続とは、滞納処分、強制執行、担保権の実行としての競売などです。

本節では、滞納処分、強制執行及び担保権の実行としての競rac(国税徴収法、民事執行法)について解説します。

1 滞納処分

滞納処分(強制換価)とは、納税義務の任意の履行がない場合に、債権者である国などが国税債権の強制的実現を図る手続です。それぞれが独立した行政処分である財産の差押え、被差押財産の換価、換価代金の配当という行為から構成されます。

滞納処分には、債務の滞納処分と交付要求があります。後者の滞納処分は、行政庁が自ら手続によって租税債権の満足を図る手続です。これに対して、交付要求は、実行中の強制換価手続において換価代金の交付を求めて租税債権の満足を図る手続です。

私法上の債権については、原則として、その存否及び金額について裁判所の判断を経たうえで(民事訴訟)、任意の履行がない場合には執行機関(=執行裁判所・執行官)がその履行の強制を求めるしかありません。これに対して、租税債権については、その存否及び金額を確定する権限と任意の履行がない場合に自らの手で強制実現を図る権限が行政に与えられています(自力執行権「103頁」)。

国の滞納処分に関する一般法として国税徴収法があります。

◎(広義の)滞納処分 = 狭義の滞納処分 + 交付要求

2 民事執行

(1) 強制執行

強制執行とは、執行機関が債務名義(例.確定判決)に基づいて、私法上の強制的な実現を図る手続です。

強制執行には、金銭執行(金銭の支払いを目的とする債権の実現。例.養育費。1-13⇒91頁)と非金銭執行(例.物の明渡・引渡請求権の実現)があります。

(2) 担保権の実行としての競売

担保権の実行とは、執行機関が担保権に基づいて、担保権の目的となっている財産を競売などによって強制的に換価し、配当することによって、被担保債権の満足を債権者に与える手続です(例.抵当権。1-3⇒30頁)。

強制執行とは異なり、債務名義は不要です。

3 差押禁止財産

(1) 差押禁止財産の概要

差押えは、滞納処分及び民事執行における最初の段階として、債務者(納税者)の財産の処分を禁止し、その財産の所有権に関する現状を固定する行為です。

滞納処分及び強制執行においては、債務者及びその家族の人間としての生活を不可能にするおそれがないため、差押えが禁止される財産があります。

(2) 国税徴収法

国税徴収法上は、絶対的差押禁止財産と条件付差押禁止財産があります。平成28(2016)年度税理士試験の国税徴収法第1問では、双方の財産差押の範囲が異なる理由が問われています。

ア 絶対的差押禁止財産
絶対的差押禁止財産とは、生活や事業に欠くことのできない財産など、絶対的に差押えをすることができないものです(民徴75条)。滞納者の承諾があっても、差し押さえることはできません。

対象財産は、差し押さえると、事業の継続に支障をきたす程度ではないもので、欠くことのできない必要なものでないものであります。

イ 条件付差押禁止財産
条件付差押禁止財産とは、滞納者の承諾を要件として差押禁止が解除される一定の財産(民徴76条、77条)及び代替資産の提供を要件として差押禁止が解除される一定の財産(民徴78条)をいいます。

給与債権などについては、①給与などから徴収・控除される所得税、道府県民税及び市町村民税並びに社会保険料を控除する、②滞納者について、1ヵ月ごとに10万円、生計を一にする親族については1人につき月ごとに4.5万円として計算した金額の合計額及び給与などの全額から①を控除した金額の合計額を控除した金額の30/100に相当する金額(ただし、その金額が②の金額の2倍に相当する金額を超えるときは、当該金額)の合計額が差押禁止です(民徴76条)。

平成27(2015)年税理士試験の国税徴収法第2問では、滞納者は、無職で収入がないこと、配偶者が二重就労であり、生活維持費として月7万円の給料の支払いを受けているものの、日常生活を維持することも厳しい状況にあると記述されています。この給料は、上記①ないし③の合計額以下であり、全額が差押禁止です。ただし、滞納者の承諾があるときは、給与債権を差し押えることは禁止されません(同条5項)。

また、差押納税者が、国税の額を徴収することができる財産で、換価が困難でなく、かつ、第三者の権利の目的となっていないものを提供するときも条件として、差押えが禁止される一定の財産(例.事業の継続に必要な機械)があります(民徴78条)。滞納者に差押財産の積極的な選択権が認められています。

◎国税徴収法の差押禁止財産
(1) 絶対的差押禁止財産
(2) 条件付差押禁止財産として、滞納者が承諾するもの
(3) 代替資産の提供を条件として差押禁止が解除されるもの

(3) 民事執行法

ア 差押禁止動産
民事執行法上、差押禁止動産と差押禁止債権が定められています。

債務者及びその家族の生活保障、生命の維持、教育、宗教・精神的祭祀の保護及び防災用具の保全の観点から、一定の動産は、差押禁止となっています(民執131条)。

国税徴収法の絶対的差押禁止財産とほぼ同じ内容です。

イ 差押禁止債権
債務者の給与債権の3/4(法律上当然に控除される法定控除額を差し引いた手取額)は、差押禁止です(民執152条、1-13⇒91頁)。ただし、給与債権額が44万円を超える場合には、差押禁止金額は33万円となり、30万円を超える全額の差押えが認められます。

国税徴収法の差押禁止財産である給与債権などとは、差押禁止となる金額の計算方法が異なります。

ウ 差押禁止不動産
不動産については、差押禁止の規定がありませんので、債務者の生活や事業に不可欠な不動産であっても差し押さえることができます。

COLUMN 1 敷金返還請求権の差押え

平成27(2015)年度税理士試験の国税徴収法第2問では、「税務署長は、滞納者の平成26年分の所得税30万円を徴収するため、平成26年5月2日に滞納者の敷金返還請求権15万円を差し押さえた。敷金返還請求権は、滞納者の自宅アパートに係るものであり、賃貸借契約において、滞納人が退去した後などに返還することとされている。なお、滞納者が退去する予定はないと信じて償還されていない。

不動産を賃貸している賃借人の敷金返還請求権は、差し押さえることができます。しかしながら、返還を受けられるかどうかが確実ではないため、賃貸借契約が終了し、かつ賃貸人が賃借物の返還を受けたときに限って差押えを受けることができるので(民622条の2第1項、1-7⇒59頁)、差し押さえに実効性があるとは限らず、債務者の明渡しの催促です。

COLUMN 2 滞納処分のための捜索

徴収職員は、滞納処分の必要があるときは、滞納者の物または住居その他の場所に立ち入って捜索することができます(民徴142条1項)。この捜索は、差し押さえるべき財産の発見・差押えするために行われる強制処分です。

この捜索は、あらかじめ権利侵害が強く生じることを要件としていないため、徴収法35条1項の令状主義に違反するのではないかが問題となります。

徴収法1条
1項 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第33条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。

滞納処分のための捜索は、滞納処分という行政手続の一環として租税債権の実現を図ることを主たる目的としており、国税犯則取締者の捜索のように犯則嫌疑者の刑事責任を追及するものではないこと、滞納の事実は客観的に明白であることなどから、憲法35条1項に違反しないと考えられています。

そして、徴収職員は、捜索に際し必要があるときは、滞納者・第三者に戸・金庫その他の容器の開閉をさせ、または自らこれらを開くために必要な処分をすることができます(民徴142条3項)。ただし、徴収職員が自ら開くには、滞納者などが開閉の求めに応じないときなどやむを得ない場合に限られます(徴基通142-7)。

平成26(2014)年度税理士試験の国税徴収法第2問では、捜索の立会人となった滞納者の妻が家の鍵の開錠を拒否した場合に徴収職員が取り得る措置について解答が求められています。

POINT 1

滞納処分(強制徴収)とは、納税義務者の任意の履行がない場合に、債権者である国などが租税債権の強制的実現を図る手続である。

租税債権については、その存否及び金額を確定する権限と任意の履行がない場合に自らの手で強制的実現を図る権限が行政に与えられている。

強制執行とは、執行機関が債務名義に基づいて、私法上の強制的な実現を強制的に実現する手続である。

担保権の実行としての競売は、担保権者が担保権に基づいて、担保権の目的となっている財産を競売などによって強制的に換価し、配当することによって被担保債権の満足を債権者に与える手続である。債務名義は不要である。

差押えは、滞納処分及び民事執行における最初の段階として、債務者の財産の処分を禁止し、その財産の所有権に関する現状を固定する行為である。

滞納処分及び強制執行においては、差押えが禁止される財産がある。