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税理士の知識

盗難と横領|罪名が異なる?

2025年11月19日

書名: 税理士業務で知っておきたい法律知識
著者名: 森 章太, 出版社名: 日本実業出版社, 発行年月日: 2022年4月1日, 引用ページ: 不明, ISBNコード: 978-4-534-05917-8

地震や台風などの災害が多発している近年においては、所得税の控除の1つである「雑損控除」は、災害等の場合に適用される控除の印象が強いです。 平成30年税制改正、「納税義務者の適用を受けた」は、平成22(2010)年度の税制改正によるもので、東日本大震災のあった平成23(2011)年には3.3万人まで達しました(国税庁「申告所得税標本調査結果」)。 なお、令和元(2019)年7千人です。

雑損控除の対象となる損失の発生原因は、災害のほかに、盗難と横領も挙げられています(所税72条1項)。

本節では、盗難と横領(刑法)について解説します。

(1) 雑損控除とは?

雑損控除とは、納税者の意思に基づかず、予期しない原因である災害、盗難及び横領によって、一定の資産(例.居住用不動産、生活に通常必要な動産、事業用資産ではない)に受けた損失の金額を控除することができる制度です。 ストックの損害をフローの所得から控除することにあります。

(2) 損失の発生原因

ア 盗難と横領
雑損控除の損失の発生原因は、災害、盗難及び横領に限定されています。

災害については、天災地変がありまず(所税2条1項27号)、令9条)。

盗難と横領については、所得税法に定義規定はありません。

盗難とは、窃取または強取により占有者の意思に反して財物の占有を奪うことと解されています。 窃取とは、他人が占有する財物をその意思に反して自己または第三者に移転させることをいい、刑法の窃盗罪(235条)に該当する行為です。 また、強取とは、他人の反抗を抑圧して財物を奪取することをいい、刑法の強盗罪(236条)に該当する行為です。

盗難されたクレジットカードを他人が不正使用したことにより預金が払戻された場合、カードの喪失が直接の原因による(直接の)損失となりますが、金融機関にカードが不正使用されたことによる損失が、雑損控除の対象として取り扱われています。 紛失の生じた時期は、カード盗難時に生じた損害ではなく、カードにより生じた損失を実際に負担することとなった時とされています。

これに対し、横領とは、他人の占有する財物の委託信任に基づいて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をすることをいい、刑法の横領罪(252条)に該当する行為と解されています。

イ 詐欺と恐喝
一方、詐欺(刑246条)や恐喝(刑249条)による損失は、雑損控除の対象となりません。 詐欺や恐喝は、納税者の意思に基づく占有転によるとの対象外の理由として挙げられます。

対象外とすることに対して、①詐欺の場合は、欺罔行為による錯誤という瑕疵ある意思、恐喝の場合は、畏怖により生じた瑕疵ある意思に基づくので、納税者の意思に基づくとはいえない、②窃取と詐欺、強取と恐喝、横領と詐欺は、実務において区別が難しいことがあり、雑損控除の対象として適切ではないと批判することができず、③厳しく、以下解説します。

2 窃盗と強盗

窃取と詐欺の区別基準は、処分行為(被害者の意思に基づく占有の移転行為)の有無です。 処分行為があれば詐欺となり、処分がなければ(占有の弛緩にすぎないのであれば)窃盗となります。

具体例で、解説しましょう。 なお、雑損控除の対象となる資産であるかどうかについては考慮外とします。

まず、車を乗客を装って試験乗車し、乗り逃げしたときです。 店の支配領域を脱して道路を単独試乗させるため、単独試乗をさせた時点で、店の意思に基づく占有の移転が認められ、処分行為があるので詐欺となります。 次に、店員に申し出て、店員から服を手渡され、試着室に行かずに持ち逃げした事案です。 店の支配領域内である試着室で試着させるため、店の意思に基づく占有の移転はなく、占有の弛緩にすぎず、処分行為はないので窃盗となります。

なお、建物の窓を破って逃がす行為は、行為者とはこの占有の弛緩にすぎないため窃盗罪となります。

3 強盗と恐喝

反抗の抑圧の程度の別である。 暴行または脅迫が社会通念上一応被害者の反抗を抑圧する程度のものは恐喝であり、反抗を抑圧する程度に至らないものを反抗を抑圧する程度のものは強盗となります。

反抗の抑圧は、行為者及び被害者の年齢、性別、犯行状況、凶器の有無などの具体的の事情を考慮して判断されるので、実務において強盗なのか恐喝なのかの区別が難しいケースがあります。

4 横領と背任

背任罪が成立しようとして客観的事情によってその委託信任関係に違反し、財産上の損害を加えることを認識し、それにもかかわらず、これを容認して行った場合でも、背任罪が成立します。

このように、被害者の事情ではなく、行為者がどの時点で悪意を抱いたのかによって罪名が変わるかを決めることにおいて、横領なのか背任なのかの区別が難しいケースがあります。

COLUMN 特殊詐欺

[1] 特殊詐欺とは?
令和2(2020)年度税理士試験の所得税法の問題において、「甲の母は振り込め詐欺の被害に遭い、現金30万円をだまし取られた」と記述されており、振り込め詐欺の所得と判断が求められています。

振り込め詐欺は、特殊詐欺の代表的なものと位置づけられています。

特殊詐欺とは、電話などで親族や公共機関の職員などを装って被害者を信じ込ませ、現金などを送付させたり、医療費の還付金を受け取れたりするなどと偽ってATMを操作させ、犯人の口座に送金させる犯罪(現金を受け取る役場の担当を装ってキャッシュカードをすり替えて盗み取る役回りの者を含む)です。

警察は、特殊詐欺の手口について、オレオレ詐欺、還付金詐欺、キャッシュカード詐欺盗などに種類に分類しています。

[2] キャッシュカード詐欺盗

最近増加しているキャッシュカード詐欺盗とは、具体的には、以下のような事案(以下「本件事例」)です。 令和元(2019)年度司法試験の論文式試験の刑事系科目第1問をもとにしています。

[キャッシュカード詐欺盗の事例]
①金融庁職員に成りすました者が、被害者方に電話をかけて、被害者に対し、「あなたの預金口座が不正引き出しの被害に遭っています。うちの職員があなたに会ってキャッシュカードを確認させてください」と告げる。
②金融庁職員に成りすました者が、被害者方を訪れて、玄関先で被害者に、被害者名義のキャッシュカード及び暗証番号を書いた紙を渡させて、被害者が見ている前で空の封筒にカードなどを入れる。 そのうえで、「この封筒に封印をするために印鑑を持ってきてください」と申し向け、被害者が玄関近くの居間に印鑑を取りに行っている隙に、用意をあらかじめ用意していた別の封筒とすり替えて、カード入りの封筒をポケットに隠し入れ、玄関先に戻った被害者に空の封筒に印鑑を渡す。
③恋の気持ちを失った者が、銀行に設置されたATMに被害者名義のキャッシュカードを挿入して、現金を引き出す。

[3] キャッシュカードなどを手渡させてだまし取る行為

まず、本件事例において、金融庁職員に成りすました被害者が被害者名義のキャッシュカードなどを手渡させる行為については成立しません。

(1項) 窃盗罪が成立するには、被害者に「財物を交付させ」るという処分行為が必要であるところ、被害者が手渡したのは、金融庁職員になりすました者がカードを確認してもらうためであり、確認後その場で返還することを想定しており、被害者の手から離れたキャッシュカードの占有の有無を判断することになる。

[4] キャッシュカードなどをすり替えて盗み取る行為

本件事例において問題となるのは、カードなどを在中の封筒をすり替えて取得したこと(以下「本件行為」)です。 本件行為が被害者に対する窃盗罪と詐欺罪のいずれかに該当するのかが問題となります。

「この封筒に封印するために印鑑を持ってきてください」と申し向けられて被害者が印鑑を取りに行ったこと、本件行為が被害者に対する窃盗罪であるのであれば詐欺罪となり、窃盗罪ないのであれば窃盗罪となります。

処分行為は、客体に対する支配の移転という意思と、その移転が被害者の意思に基づくものであるという主観的要素を問題にする。

本件行為の客観的要素として、被害者が印鑑を取りに行くにあたりすり替えた者にカードなどの所持を認めたわけではなく、被害者の場所的支配領域内であると認められるうえ、印鑑を取りに行った意図は封筒の支配の移転の意思と、それから、すり替えた者がカードなどの占有の移転があることを認識したことになります。

また、本件行為の主観的要素として、被害者は、三文安くらいの間だと認識する。 それどころか、カードなどの占有移転については、目の前で保管しておりいつでも取り返せるようになったことなどを踏まえ、処分意思が否定されると判断することになります。

処分行為が否定されるので、本件行為については「占有の弛緩」に過ぎず、処分行為が否定されることから、本件行為について窃盗罪が成立することが問題となります。

処分行為に該当して詐欺罪、該当せず窃盗罪(窃取)か、雑損控除の適用となるか、大きな違いとなります。

[5] ATMで他のキャッシュカード

本件事例において、他のキャッシュカードを用いてATMで現金を引きだす行為は、ATM管理者の意思に反する窃盗罪となるのであって、窃盗罪が成立します(判例1項)。 被害者の財産権ではなく、ATMを不正に操作されたことにより被害が生じたものです。

仮に、ATMで現金を引き出せなくても、別の口座に振り込み送金した場合でも、同様の扱いです。

には、現金という財物は移転していないため窃盗罪は成立せず、機械の不正操作であり、人を欺いていないため詐欺罪も成立しませんが、電子計算機使用詐欺罪(刑246条の2)が成立します。

POINT 1

雑損控除の損失の発生原因は、災害、盗難及び横領に限定されている。

盗難とは、窃取または強取により占有者の意思に反して財物の占有を奪うことと解されている。

横領とは、他人の物の占有者が委託の信任に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をすることと解されている。

詐欺や恐喝による損失は、雑損控除の対象とはならない。