不動産の付合と建物賃借|くっついた、離せない
2025年11月19日
書名: 税理士業務で知っておきたい法律知識
著者名: 森 章太, 出版社名: 日本実業出版社, 発行年月日: 2022年4月1日, 引用ページ: 不明, ISBNコード: 978-4-534-05917-8
他人所有の不動産に手を加えることがあります。法人が賃借した建物に対して行った造作の耐用年数について通達(耐通1-1-3)があり、有益費償還請求または造作買取請求をすることができないなどの要件を充たす場合には、建物の賃借期間を造作の耐用年数として償却すると定められています。
平成27(2015)年度税理士試験の所得税法の計算問題では、賃借している店舗に係る内部造ateが減価償却資産として計上されており、造作の種類、用途、使用材料などを総合的に勘案して合理的に見積もった耐用年数は17年であると記述されています。
本節では、不動産の付合と建物賃借人(民法)について解説します。
1 不動産の付合
(1) 不動産の付合とは?
所有権を異にする物が結合し、物理的・機能的または取引上一体として扱われる状態(付合)になったときに、結合物を1個の所有権の客体とし、その帰属を決定するルールが民法に規定されています。結合物を元の物に分離・復旧するのは社会経済上の不利益であることから、1個の所有権の客体として扱うこととされています。
不動産に物を足して付合させた場合、不動産の所有者が附属物の所有権を取得します(民242条本文)。不動産の付合(一方)で、付合させた者は、附属物の所有権を失います。
民法242条(不動産の付合)
不動産の所有者は、その不動産に従として付合した物の所有権を取得する。ただし、権原によってその物を附属させた他人の権利を妨げない。
(2) 付合の成否
附属物が独立物として付合したといえるかどうかは、物理的な構造上及び社会的・経済的な機能上の独立性を基準として判断されます。
他人の建物に増築を復旧付けた場合は、①損傷なしに分離・復旧することは可能か、②分離・復旧すると社会経済上著しい不利益が生じるか、③分離された設備に価値があるかなどの観点から、付合の成否を判断します。
(3) 権原によって付合させた物
他人の不動産に付合した場合であっても、権原によって附属させた物の所有権は、付合させた者に留保されます(同条但書)。
もっとも、例えば賃借人が建物所有者(賃貸人)の承諾を得て改築をしても、一般的には、権原によって附属させたとはいえません。建物の賃借権や増改築の承諾だけでは、所有権を留保する権原として不十分です。
(4) 賃金請求権・有益費償還請求権
不動産の所有者に所有権を失い、損失を受けた者は、所有権取得者に対して、償金を請求することができます(民248条、703条、704条)。
ただし、建物賃貸借契約の場合は、利得の押し付けはできないため、民法248条の適用は排除されます(民622条の適用は排除されます)。すなわち、建物の賃借について有益費を支出した賃借人は、賃貸人に対して、賃貸借の終了時に、価値の増加が現存する場合に限り、支出額または増価額のいずれかを償還(選択権は賃貸人にある)させることができます。この償還は、建物の返還時から1年以内に行使しなければなりません(民622条が準用する608条2項)。
償金請求権及び有益費償還請求権は、いずれも任意法規なので、当事者間の合意で排除することができます。有益費償還請求権は、賃借人が賃貸借契約を負担するという合意によって排除されることが多いです。
2 賃借人の収去義務・収去権
(1) 収去義務
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに附属させた物がある場合において、賃借借が終了したときは、附属物を収去する(取り払う)義務を負います(民622条が準用する598条1項本文)。
賃貸人からすると、賃借人に対して収去義務を有することになります。賃貸人が附属に同意したとしても、収去請求権を放棄したことにはなりません。ただし、附属物が分離できない物及び分離に過分の費用を要する物であるときは、賃借人は、収去義務を負わず(民622条が準用する598条1項但書)、賃貸人に対して有益費償還請求をすることができます(民608条2項)。
(2) 収去権
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに附属させた物を収去することができます(民622条が準用する598条2項)。
ただし、附属物が分離できない物または分離に過分の費用を要する物であるときは、賃借人は、収去権を行使できません。この場合、賃借人に対して有益費の請求をすることができます。
(3) 付合の成否との関係
附属物が分離できない物または分離に過分の費用を要する物であるときは、一般的には、付合が生じます。
附属物が分離できる物の収去義務を負うのかについて、令和2(2020)年4月の民改正後の施行直後は、付合の成否に応じて収去義務の有無が判断されていたのに対し、施行後は、附属物が賃貸人の所有に属する場合であっても賃借人は収去義務を負うことがあります。
3 建物賃借人の造作買取請求権
(1) 造作買取請求権とは?
建物賃借人が同意を得て建物に付加した造作がある場合に、建物賃借人が、建物賃貸借が終了するときに、建物賃借人に対して、造作を時価で買い取るべきことを請求することができる権利のことを「造作買取請求権」といいます(借地借家33条1項)。1-8のP65頁)。建物賃貸人は、造作の残存価値を賠償することができます。
造作買取請求権は、建物賃借人の収去義務からの請求権。本節の2(1)に優先します。また、建物賃貸借の有益費償還請求権(1-8のP65頁)を取得したときは、建物賃貸借人が有益費償還請求権を行使することになります。
(2) 造作とは?
造作とは、分離が可能であり、建物賃借人の所有に属し、かつ建物の使用に客観的便益を与えるものです。ガス設備、配電設備、水道所、シャワー設備などが造作に該当することがあります。
ただし、独立性がなく、容易に取り替え可能なもの(例.家具)は、造作には該当しません。
(3) 造作買取請求権の要件
造作買取請求権は、建物賃貸借契約の更新拒絶または解約申入れをし、正当事由が認められるときなどに認められます。まず、造作の設置について建物賃貸借人の同意を得ていること。次に、造作買取請求権の行使が建物賃貸借人の債務不履行を理由として建物賃貸借人が契約の解除したときではないこと。
(4) 造作買取請求権行使の効果
造作買取請求権を行使すると、建物賃借人との間に売買契約が成立した場合と同一の効果が生じます。
(5) 任意法規
任意法規である(任意法規とは、任意法規と異なり、当事者の意思によってその適用を排除することができる法規)。建物賃貸借とは、合意によって買取請求権を排除することができます。
任意法規であるため、特約で造作の取付けとそれに伴う買取請求権を排除することがよくあります。建物賃貸人からすると、原状回復の特約で造作の買取りを免責することはできなくなります。
COLUMN 税理士試験と司法試験の比較
税理士試験の租税法と司法試験の租税法の両方の試験について質問を受けることがあります。令和2(2020)年度の両方の試験問題において、馬券払戻金の税務上の取扱いに関する判例(最判平成29[2017]年12月15日判決)の知識が問われており、出題の違いがよくわかります。
税理士試験では、法令、通達及び判例を知っているかが問われているのに対し、司法試験では、それらを(税理士試験の問題よりも)具体的な事案に当てはめることができるのか、さらに、(結論として確定・否定のどちらもあり得る)応用的な事案において、説得力のある論述ができるのかが問われています。
◎令和2(2020)年度税理士試験の所得税法の問1の問2
税理士であるあなたは、令和2年12月某日、居住者から以下の税務相談を受けた。
(甲の相談内容)
・私は、令和元年から趣味で中央競馬の馬券(Gレースの26レース分)を購入し、払戻金の支払いを受けている。
・令和元年の実績は、次のとおりである。
払戻金の総額:1億円
当たり馬券の購入費用:1000万円
外れ馬券の購入費用:1億円
・私の競馬の払戻金の課税関係を教えてほしい。
甲の相談内容を踏まえ、甲の競馬の払戻金に係る所得について、所得区分及び必要経費の範囲を法令、通達及び裁判例に触れながら、簡潔に説明しなさい。
◎令和2(2020)年度司法試験の租税法の第1問抜粋
競馬好きの個人Aは、不動産賃貸業を営む傍ら、インターネットを介して馬券を購入できるサービスを利用して馬券を購入している。Aの馬券購入方法は、競走馬や騎手等の情報を収集・分析した上で、着順予想の確度と配当率の大小を組み合わせた購入パターンに従い、年間を通じてほぼ全てのレースで馬券を購入するというものであった。Aは、平成29年から平成30年までの5年間、年間3000レースほどのうちほぼ全てのレースで馬券を購入し、1年当たり5000万円程度の利益を上げていた。令和2年は、年間を通じて大きく負け越したもの、平均すると1年当たり200万円程度であった。
Aは、自己のノウハウを基に競馬予想ソフトウェア(以下「NTソフト」という。)を開発し、これにユーザーが独自の条件設定を行うことでできる機能を付けて売り出せばより多くの利益を得られるのではないかと考え、平成29年から、このソフトの小売事業を始めた。もっとも、これと並行して上記の立法による馬券の購入も継続し、従前と同様の利益を上げながら、そこで得られる新たな競馬予想ノウハウをソフトウェアのバージョンアップに繋げていた。
設題
(1) Aが平成29年に得た当たり馬券の払戻金に係る所得は、Aの同年分の所得税の計算上どの所得に分類されるか、説明しなさい。
(2) Aが平成30年に得た当たり馬券の払戻金に係る所得は、Aの同年分の所得税の計算上どの所得に分類されるか、説明しなさい。
税理士試験では、①一時所得と雑所得の定義、②「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」とは、及び雑所得ではないこと、③について、その間に、及び必要経費の範囲は(所基通34-1(2))が問われています。
そのうえで、本件事例においては、平成29年レースの払戻金と個々の事例から、年間を通じて収支で多額の利益を得ようとする意思、回数、期間にわたって馬券を購入するなどの事情が認められないことから、一時所得に区分される(必要経費の範囲は、当たり馬券の購入代金のみ)と解答します。
これに対し、司法試験の設問(1)では、まず、一時所得と雑所得以外の所得の可能性が残る所得について検討しなければなりません。最初に検討すべきは、事業所得の該当性です。具体的には、「馬券の購入行為が事業に当たるか否か」を、判例による事業所得該当基準に照らして検討することになります。
その結果、事業所得に当たらないとした場合には、次に、一時所得の該当性を検討します。具体的には、Aの平成29年の当たり馬券の払戻金が、一時所得の要件である「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に当たるか否かが問題となります。最高裁の判例が示した判断枠組みに触れながら、簡潔に述べた具体的事情に即して当てはめて行うことが求められています。そして、一時所得にも当たらないとした場合には、雑所得に該当すると結論付けることになります。
設問(2)は、Aが平成29年に競馬予想ソフトウェアの小売事業を始め、前年までと同様の馬券の購入で得られる新たな競馬予想ノウハウをソフトウェアのバージョンアップに繋げるという状況の変化があり、このような事情が、Aの当たり馬券の払戻金が、前年との間で所得区分がどうなるかが問うもので、Aの当たり馬券の払戻金が、競馬予想ソフトウェアの小売事業に付随して行われる経済活動から得られる所得として、事業所得に該当するのではないかという論点に気づくかどうかがポイントとなります。結論として、肯定・否定のどちらもあり得ることが前提となっています(法務省「論文式試験出題の趣旨」)。
POINT 1
不動産に物を足して付合させた場合、不動産の所有者が附属物の所有権を取得する。
他人の建物に増築を復旧付けた場合は、①損傷なしに分離・復旧することは可能か、②分離・復旧すると社会経済上著しい不利益が生じるか、③分離された設備に価値があるかなどの観点から、付合の成否を判断する。
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに附属させた物がある場合において、賃貸借が終了したときは、附属物を収去する義務を負う。ただし、附属物が分離できない物及び分離に過分の費用を要する物であるときは、賃借人は、収去義務を負わず、賃貸人に対して有益費の償還を請求することができる。
賃借人は、賃貸借の終了時に、価値の増加が現存する場合に限り、支出額または増加額のいずれかを賃貸人の選択によって償還させることができる。
造作買取請求権とは、建物賃借人が同意を得て建物に付加した造作がある場合に、建物賃貸借が終了するときに、建物賃借人に対し、造作を時価で買い取るべきことを請求できる権利である。造作買取請求権は、建物賃借人の所有に属し、かつ建物の使用に客観的便益を与えるものである。
造作とは、分離が可能であり、建物賃借人の所有に属し、かつ建物の使用に客観的便益を与えるものである。
平成27(2015)年度税理士試験の所得税法の計算問題では、賃借している店舗に係る内部造ateが減価償却資産として計上されており、造作の種類、用途、使用材料などを総合的に勘案して合理的に見積もった耐用年数は17年であると記述されています。
本節では、不動産の付合と建物賃借人(民法)について解説します。
1 不動産の付合
(1) 不動産の付合とは?
所有権を異にする物が結合し、物理的・機能的または取引上一体として扱われる状態(付合)になったときに、結合物を1個の所有権の客体とし、その帰属を決定するルールが民法に規定されています。結合物を元の物に分離・復旧するのは社会経済上の不利益であることから、1個の所有権の客体として扱うこととされています。
不動産に物を足して付合させた場合、不動産の所有者が附属物の所有権を取得します(民242条本文)。不動産の付合(一方)で、付合させた者は、附属物の所有権を失います。
民法242条(不動産の付合)
不動産の所有者は、その不動産に従として付合した物の所有権を取得する。ただし、権原によってその物を附属させた他人の権利を妨げない。
(2) 付合の成否
附属物が独立物として付合したといえるかどうかは、物理的な構造上及び社会的・経済的な機能上の独立性を基準として判断されます。
他人の建物に増築を復旧付けた場合は、①損傷なしに分離・復旧することは可能か、②分離・復旧すると社会経済上著しい不利益が生じるか、③分離された設備に価値があるかなどの観点から、付合の成否を判断します。
(3) 権原によって付合させた物
他人の不動産に付合した場合であっても、権原によって附属させた物の所有権は、付合させた者に留保されます(同条但書)。
もっとも、例えば賃借人が建物所有者(賃貸人)の承諾を得て改築をしても、一般的には、権原によって附属させたとはいえません。建物の賃借権や増改築の承諾だけでは、所有権を留保する権原として不十分です。
(4) 賃金請求権・有益費償還請求権
不動産の所有者に所有権を失い、損失を受けた者は、所有権取得者に対して、償金を請求することができます(民248条、703条、704条)。
ただし、建物賃貸借契約の場合は、利得の押し付けはできないため、民法248条の適用は排除されます(民622条の適用は排除されます)。すなわち、建物の賃借について有益費を支出した賃借人は、賃貸人に対して、賃貸借の終了時に、価値の増加が現存する場合に限り、支出額または増価額のいずれかを償還(選択権は賃貸人にある)させることができます。この償還は、建物の返還時から1年以内に行使しなければなりません(民622条が準用する608条2項)。
償金請求権及び有益費償還請求権は、いずれも任意法規なので、当事者間の合意で排除することができます。有益費償還請求権は、賃借人が賃貸借契約を負担するという合意によって排除されることが多いです。
2 賃借人の収去義務・収去権
(1) 収去義務
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに附属させた物がある場合において、賃借借が終了したときは、附属物を収去する(取り払う)義務を負います(民622条が準用する598条1項本文)。
賃貸人からすると、賃借人に対して収去義務を有することになります。賃貸人が附属に同意したとしても、収去請求権を放棄したことにはなりません。ただし、附属物が分離できない物及び分離に過分の費用を要する物であるときは、賃借人は、収去義務を負わず(民622条が準用する598条1項但書)、賃貸人に対して有益費償還請求をすることができます(民608条2項)。
(2) 収去権
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに附属させた物を収去することができます(民622条が準用する598条2項)。
ただし、附属物が分離できない物または分離に過分の費用を要する物であるときは、賃借人は、収去権を行使できません。この場合、賃借人に対して有益費の請求をすることができます。
(3) 付合の成否との関係
附属物が分離できない物または分離に過分の費用を要する物であるときは、一般的には、付合が生じます。
附属物が分離できる物の収去義務を負うのかについて、令和2(2020)年4月の民改正後の施行直後は、付合の成否に応じて収去義務の有無が判断されていたのに対し、施行後は、附属物が賃貸人の所有に属する場合であっても賃借人は収去義務を負うことがあります。
3 建物賃借人の造作買取請求権
(1) 造作買取請求権とは?
建物賃借人が同意を得て建物に付加した造作がある場合に、建物賃借人が、建物賃貸借が終了するときに、建物賃借人に対して、造作を時価で買い取るべきことを請求することができる権利のことを「造作買取請求権」といいます(借地借家33条1項)。1-8のP65頁)。建物賃貸人は、造作の残存価値を賠償することができます。
造作買取請求権は、建物賃借人の収去義務からの請求権。本節の2(1)に優先します。また、建物賃貸借の有益費償還請求権(1-8のP65頁)を取得したときは、建物賃貸借人が有益費償還請求権を行使することになります。
(2) 造作とは?
造作とは、分離が可能であり、建物賃借人の所有に属し、かつ建物の使用に客観的便益を与えるものです。ガス設備、配電設備、水道所、シャワー設備などが造作に該当することがあります。
ただし、独立性がなく、容易に取り替え可能なもの(例.家具)は、造作には該当しません。
(3) 造作買取請求権の要件
造作買取請求権は、建物賃貸借契約の更新拒絶または解約申入れをし、正当事由が認められるときなどに認められます。まず、造作の設置について建物賃貸借人の同意を得ていること。次に、造作買取請求権の行使が建物賃貸借人の債務不履行を理由として建物賃貸借人が契約の解除したときではないこと。
(4) 造作買取請求権行使の効果
造作買取請求権を行使すると、建物賃借人との間に売買契約が成立した場合と同一の効果が生じます。
(5) 任意法規
任意法規である(任意法規とは、任意法規と異なり、当事者の意思によってその適用を排除することができる法規)。建物賃貸借とは、合意によって買取請求権を排除することができます。
任意法規であるため、特約で造作の取付けとそれに伴う買取請求権を排除することがよくあります。建物賃貸人からすると、原状回復の特約で造作の買取りを免責することはできなくなります。
COLUMN 税理士試験と司法試験の比較
税理士試験の租税法と司法試験の租税法の両方の試験について質問を受けることがあります。令和2(2020)年度の両方の試験問題において、馬券払戻金の税務上の取扱いに関する判例(最判平成29[2017]年12月15日判決)の知識が問われており、出題の違いがよくわかります。
税理士試験では、法令、通達及び判例を知っているかが問われているのに対し、司法試験では、それらを(税理士試験の問題よりも)具体的な事案に当てはめることができるのか、さらに、(結論として確定・否定のどちらもあり得る)応用的な事案において、説得力のある論述ができるのかが問われています。
◎令和2(2020)年度税理士試験の所得税法の問1の問2
税理士であるあなたは、令和2年12月某日、居住者から以下の税務相談を受けた。
(甲の相談内容)
・私は、令和元年から趣味で中央競馬の馬券(Gレースの26レース分)を購入し、払戻金の支払いを受けている。
・令和元年の実績は、次のとおりである。
払戻金の総額:1億円
当たり馬券の購入費用:1000万円
外れ馬券の購入費用:1億円
・私の競馬の払戻金の課税関係を教えてほしい。
甲の相談内容を踏まえ、甲の競馬の払戻金に係る所得について、所得区分及び必要経費の範囲を法令、通達及び裁判例に触れながら、簡潔に説明しなさい。
◎令和2(2020)年度司法試験の租税法の第1問抜粋
競馬好きの個人Aは、不動産賃貸業を営む傍ら、インターネットを介して馬券を購入できるサービスを利用して馬券を購入している。Aの馬券購入方法は、競走馬や騎手等の情報を収集・分析した上で、着順予想の確度と配当率の大小を組み合わせた購入パターンに従い、年間を通じてほぼ全てのレースで馬券を購入するというものであった。Aは、平成29年から平成30年までの5年間、年間3000レースほどのうちほぼ全てのレースで馬券を購入し、1年当たり5000万円程度の利益を上げていた。令和2年は、年間を通じて大きく負け越したもの、平均すると1年当たり200万円程度であった。
Aは、自己のノウハウを基に競馬予想ソフトウェア(以下「NTソフト」という。)を開発し、これにユーザーが独自の条件設定を行うことでできる機能を付けて売り出せばより多くの利益を得られるのではないかと考え、平成29年から、このソフトの小売事業を始めた。もっとも、これと並行して上記の立法による馬券の購入も継続し、従前と同様の利益を上げながら、そこで得られる新たな競馬予想ノウハウをソフトウェアのバージョンアップに繋げていた。
設題
(1) Aが平成29年に得た当たり馬券の払戻金に係る所得は、Aの同年分の所得税の計算上どの所得に分類されるか、説明しなさい。
(2) Aが平成30年に得た当たり馬券の払戻金に係る所得は、Aの同年分の所得税の計算上どの所得に分類されるか、説明しなさい。
税理士試験では、①一時所得と雑所得の定義、②「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」とは、及び雑所得ではないこと、③について、その間に、及び必要経費の範囲は(所基通34-1(2))が問われています。
そのうえで、本件事例においては、平成29年レースの払戻金と個々の事例から、年間を通じて収支で多額の利益を得ようとする意思、回数、期間にわたって馬券を購入するなどの事情が認められないことから、一時所得に区分される(必要経費の範囲は、当たり馬券の購入代金のみ)と解答します。
これに対し、司法試験の設問(1)では、まず、一時所得と雑所得以外の所得の可能性が残る所得について検討しなければなりません。最初に検討すべきは、事業所得の該当性です。具体的には、「馬券の購入行為が事業に当たるか否か」を、判例による事業所得該当基準に照らして検討することになります。
その結果、事業所得に当たらないとした場合には、次に、一時所得の該当性を検討します。具体的には、Aの平成29年の当たり馬券の払戻金が、一時所得の要件である「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に当たるか否かが問題となります。最高裁の判例が示した判断枠組みに触れながら、簡潔に述べた具体的事情に即して当てはめて行うことが求められています。そして、一時所得にも当たらないとした場合には、雑所得に該当すると結論付けることになります。
設問(2)は、Aが平成29年に競馬予想ソフトウェアの小売事業を始め、前年までと同様の馬券の購入で得られる新たな競馬予想ノウハウをソフトウェアのバージョンアップに繋げるという状況の変化があり、このような事情が、Aの当たり馬券の払戻金が、前年との間で所得区分がどうなるかが問うもので、Aの当たり馬券の払戻金が、競馬予想ソフトウェアの小売事業に付随して行われる経済活動から得られる所得として、事業所得に該当するのではないかという論点に気づくかどうかがポイントとなります。結論として、肯定・否定のどちらもあり得ることが前提となっています(法務省「論文式試験出題の趣旨」)。
POINT 1
不動産に物を足して付合させた場合、不動産の所有者が附属物の所有権を取得する。
他人の建物に増築を復旧付けた場合は、①損傷なしに分離・復旧することは可能か、②分離・復旧すると社会経済上著しい不利益が生じるか、③分離された設備に価値があるかなどの観点から、付合の成否を判断する。
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに附属させた物がある場合において、賃貸借が終了したときは、附属物を収去する義務を負う。ただし、附属物が分離できない物及び分離に過分の費用を要する物であるときは、賃借人は、収去義務を負わず、賃貸人に対して有益費の償還を請求することができる。
賃借人は、賃貸借の終了時に、価値の増加が現存する場合に限り、支出額または増加額のいずれかを賃貸人の選択によって償還させることができる。
造作買取請求権とは、建物賃借人が同意を得て建物に付加した造作がある場合に、建物賃貸借が終了するときに、建物賃借人に対し、造作を時価で買い取るべきことを請求できる権利である。造作買取請求権は、建物賃借人の所有に属し、かつ建物の使用に客観的便益を与えるものである。
造作とは、分離が可能であり、建物賃借人の所有に属し、かつ建物の使用に客観的便益を与えるものである。