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税理士の知識

契約の解除|契約をなかったことに…

2025年11月19日

書名: 税理士業務で知っておきたい法律知識
著者名: 森 章太, 出版社名: 日本実業出版社, 発行年月日: 2022年4月1日, 引用ページ: 不明, ISBNコード: 978-4-534-05917-8

いったん締結した契約には法的拘束力が生じ、相手方が債務を履行しない場合には、債務の内容を強制的に実現することができます。契約が変わったので、有効に成立した契約をなかったことにしたいという一方的な主張は認められません。他方で、契約の解除によって一方的に契約をなかったことにすることができる場合があります。
本節では、契約の解除(民法)について解説します。

1 契約の解除

(1) 契約の解除とは?
当事者の一方が、契約または法律の規定によって定められた解除権を行使して、相手方に対する一方的な意思表示によって契約を終了させることを(民法の契約の総則に規定されている)契約の解除といいます(民540条1項)。

(2) 約定解除・法定解除
契約によって定められた解除権の行使を「約定解除」、法律の規定によって定められた解除権の行使を「法定解除」といいます。法定解除には、さらに法律が個々の契約ごとに個別に定めている解除権と、各契約類型に共通の債務不履行を理由とする解除権(本節【2】)があります。
法定解除のうち、法律が個々の契約ごとに個別に定めている解除権としては、委任契約や請負契約の任意解除などが挙げられます。
委任契約(例.税理士の顧問業務)については、各当事者はいつでも契約を解除することができます(民651条1項)。もっとも、損害賠償しなければならない場合があります(同条2項、本節のCOLUMN3)。なお、民法651条は任意規定なので、任意解除権を放棄する合意も有効です。
また、請負契約(例.税理士の申告書作成業務)については、仕事の完成前であれば、注文者はいつでも損害賠償をして契約を解除することができます(民641条)。

(3) 合意解除
上記(1)(2)の契約の解除に対し、当事者が契約締結後に契約を解消する合意を、「解除契約」または「合意解除」といいます。新たな合意によって契約を終了させる点で、一方的な意思表示によって終了させる契約の解除とは異なります。

2 債務不履行を理由とする契約の解除

(1) 概説
債務不履行を理由とする契約の解除は、債権者を契約の拘束力から解放するための制度です。解除しないと、債権者は自己の債務を履行しなければなりません。
このような制度趣旨から、債務不履行について債務者の帰責事由がなくても、債権者は契約を解除することができます。一方、債務不履行について債務者に帰責事由があるとき(例.買主が売買代金を破産したとき)は、債権者は契約を解除することができます(民543条)。

(2) 催告解除
当事者の一方が債務を履行しない場合において、債権者が履行の催告をし、その後、相当期間内に履行がないときは、債権者は、契約を解除することができます(民541条本文)。
すなわち、債務不履行を理由として契約解除するためには、①債務不履行、②履行の催告、③相当の履行期間の経過、④相手方に対する解除の意思表示が必要となります。
②及び③は、債務者に履行の機会を最後に与えるものであり、③の相当期間とは、単に履行の準備をした後債務者が履行するために必要な期間です。また、②の時に、支払いがなされない場合には解除する旨を付せば、相当期間経過後に自動的に解除されるのであり、改めて解除の意思表示をする必要はありません。
ただし、催告後の相当期間を経過した時における債務不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、解除することができません(同条但書)。軽微かどうかは、不履行の態様及び是正された債務の軽微性の観点から判断されます。
なお、実務においては、催告なしに契約を解除できたり、期間が到来しておらず、債務不履行となっていなくても債務者が弁済を受けるなどしたら契約を解除できたりするという条項を契約書に設けることが多いです。

(3) 無催告解除
債権者は、債務不履行によって契約目的の達成が不可能であるときは、催告せずに直ちに契約を解除することができます(民542条1項)。
具体的には、債務の全部の履行が不能(原始的不能または後発的不能)であるとき(1号)や、債務者が債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき(2号)、債務者が催告をしても契約目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるとき(5号)などです。
なお、履行不能について債務者に帰責事由があるときは、債権者は、契約を解除せずに、債務者に対して損害賠償請求するという選択肢もあります。

(4) 解除の効果
ア 原状回復義務
解除権が行使されたときは、各当事者は、相手方を原状に復させる義務を負います(民545条1項本文)。
解除の効果は、契約締結時に遡って生じます。契約が最初からなかったことになるので、契約に基づいて既にされた給付は、不当利得として返還の対象になります。
例えば、売買契約において既に給付がなされていた場合、解除によって買主は代金を返還し、売主は目的物を返還します。また、売主は、代金受領時からの利息を付さなければならず(同条2項)、買主は、目的物受領時以後に生じた使用利益を返還しなければなりません(同条3項参照)。
イ 損害賠償請求
解除したときであっても、債権者は、債務者に対して債務不履行を理由として損害賠償請求をすることができます(同条4項)。
解除によって契約は最初からなかったことになりますが、債務不履行責任が残存するものとして、民法415条(債務不履行による損害賠償)の要件を充足すれば、損害賠償請求をすることができます(1-9P67頁)。債務不履行が債務者の帰責事由によるものでないときは請求できません。

3 契約の解除の課税関係

法人がその収益の額を益金の額に算入した取引について、その後の事業年度において契約の解除をしたときは、解除による損失額は、解除の事実の生じた事業年度の損金の額に算入します(法基通2-2-16)。
また、個人が事業所得の金額の計算の基礎となった取引について、その後の年分において契約の解除をしたときは、解除による損失額は、その損失の生じた日の属する年分の事業所得の金額の計算上、必要経費に算入します(所基51条2項、所税令141条3号)。
解除による損失額について、益金算入した事業年度または収入計上した年まで遡って更正の請求をすることはできないのは、事業が継続的に行われることを前提としており、収益と費用が個別でなく期間的に対応するものとされるからです。
これに対して、個人が(収益と費用が個別対応する)譲渡所得の金額の計算の基礎となった取引について、その後の年分において契約の解除をしたときは、解除による損失額については、収入計上した日の属する年分まで遡って更正の請求をすることができます。

COLUMN 1 契約の解除と似た制度
契約の解除と似た制度として、解除条件及び解約告知があります。
解除条件とは、法律行為の効力の消滅を不確実な将来の事実にかからせる特約(民法)のことをいいます(民127条2項参照)。例えば、「息子に子どもが生まれたなら返還してほしい」という条件でベビーカ―を贈与する場合、子どもの誕生が贈与契約の解除条件になります。事実が発生すれば、自動的に契約の効力はなくなるので、解除の意思表示は不要です。
これに対して、解約告知は、一方的な意思表示によって契約を終了させて、将来に向かって契約の効力を消滅させることをいいます。効果が契約締結時まで遡るのではない点で契約の解除と異なります。例えば、賃貸借契約の解除です(民620条)。

COLUMN 2 契約の解除により支払った違約金
買主との間で締結された機械装置売買契約を解除する際に、買主が売主に対して違約金を支払うことがあります。
平成29(2017)年度税理士試験の法人税法の計算問題において、違約金が出題され、いったん締結した事業用設備の取得に関する契約を解除したことにより支払った違約金50万円を、代わりに取得した機械装置の取得価額に算入せずに費用処理していると記述されています。
この点については、「一旦締結した固定資産の取得に関する契約を解除して他の固定資産を取得することとした場合に支出する違約金の額は、たとえ固定資産の取得に関連して支出するものであっても、これを固定資産の取得価額に算入しないことができます」(法基通7-3-2の3)。解除契約と新たな取得に係る契約とは別個のものであることが理由です。

COLUMN 3 税理士の顧問契約
税理士が依頼者と顧問契約を締結(委任契約を作成)する際の注意点について解説します。
[1] 任意解除
税理士と依頼者との間の顧問契約は、委任契約(民643条)となります。委任契約の場合、当事者はいつでも契約を解除することができます(民651条1項)。また、契約解除の効力は、将来に向かってのみ、その効力を生じます(民652条が準用する民620条、解約告知)。
もっとも、①相手方に不利な時期に委任を解除したとき、または②受任者が委任者の利益(専ら報酬を得ることを目的とするものを除く)を目的とする委任を解除したときは、任意解除は、相手方の損害を賠償しなければなりません(民651条2項本文)。
税理士による顧問契約の場合、税理士が専ら報酬を得ることによる利益のためであるため、依頼者は任意解除しても、税理士に対して上記②による損害賠償をする必要はありません。
契約によって定められた解除権の行使を約定解除、法律の規定によって定められた解除権の行使を法定解除といいます。前の事前告知を求めるのが通説的見解(例.3ヶ月前までに書面による通知をする)が契約書に設けられることが多いです。
なお、委任契約は、信頼関係が基礎であるため、解除権の放棄特約を付けても無効です。また、受任者が履行の途中で終了したときは、受任者は、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができます(民651条3項)。また、委任事務の履行により得られる成果に対して報酬が支払われることを約した(成果報酬)ときに、委任が成果が完成される前に解除されたときは、受任者は、原則として報酬を請求することができませんが、委任者に帰責事由がある結果解除される等のやむを得ない事由によって委任が終了したときは、受任者は既にした履行の割合に応ずる報酬を請求することができます(民648条の2第2項が準用する民634条)。
[2] 善管注意義務
依頼者が契約期間中に税理士報酬を支払わない場合、税理士は、依頼者に対し、債務不履行(履行遅滞)による損害賠償請求(1-9P57頁)として、遅延損害金を請求することができます。
金銭債務の不履行による法定利率は、年3%となりますが、約定利率が法定利率を超えるときは、約定利率になります(民419条1項)。実務上は、国税通則法に定められた延滞税の割合(割合の合計である年14.6%(超過分を除く)を約定利率とすることも多いです。
税理士は、報酬の不払いの履行遅滞について、年3%を超える利率の損害賠償額を受領する旨の契約書に記載することができます。
[3] 帳簿などの返還義務
受任者は、委任事務を処理するに当たって受け取った金銭その他の物(果実だけではなく委任者の財産から受け取った物も含む)を委任者に引き渡さなければなりません(民646条1項本文)。
税理士は、契約終了時に、依頼者から預かった帳簿などを引き渡さなければなりません。報酬支払義務と帳簿などの返還義務は、同時履行の関係(民533条、4-1のCOLUMN1P167頁)に立たないので、特別の定めがない限り、依頼者が報酬を支払わないから引き渡さないと主張することはできません。
税理士には、契約終了時に特別の定めを設けることによって、依頼者が報酬を支払わない場合に、帳簿などの返還を拒絶することができます。
[4] 損害賠償責任の限定
税理士が善管注意義務を果たした場合の税理士には、税理士に故意または重過失があったときに限定する(軽過失のときは免責する)という免責条項が契約書に設けられることがあります。
しかしながら、依頼者が事業者ではない個人の場合には、(軽過失のときに)損害賠償責任を一切負わないとする条項は、消費者契約法8条1項1号に違反し無効となります。事業者と比べて情報や交渉力の点で不利な立場に置かれる消費者を保護するためです。
また、(依頼者が事業者であるかどうかを問わず、)軽過失のときに一定額を超える賠償について免責するという条項であっても、信義誠実の原則(民1条2項、信義則)に反し、または公序良俗(民90条)に反するときは、無効とされます。税理士は、税務に関する専門家として、納税義務者の信頼に応え、納税義務の適正な実現を図ることを使命とする専門職であるため(税理士1条)、無効とされることがあります。
[5] 合意管轄
特定の事件について日本の中のいずれの裁判所が裁判権を行使するかに関する定めを「管轄」といいます。そして、法律(民事訴訟法)の規定により定められた管轄を「法定管轄」といいます。
当事者は、一定の法律関係に基づく訴えの第1審裁判所に限り、書面により、法定管轄とは異なる定めをすることができます(民訴11条、合意管轄)。
税理士とは、自己の事務所の所在地を管轄する裁判所を、依頼者と紛争が生じた場合の(専属的)合意管轄裁判所とする条項を契約書に設けることができます。

POINT
当事者の一方が、契約または法律の規定によって定められた解除権を行使して、相手方に対する一方的な意思表示によって契約を終了させることを、契約の解除という。

契約によって定められた解除権の行使を約定解除、法律の規定によって定められた解除権の行使を法定解除という。

債務不履行を理由として契約解除するためには、①債務不履行、②履行の催告、③相当の履行期間の経過、④相手方に対する解除の意思表示が要件となる。

債権者は、債務不履行によって契約目的の達成が不可能であるときは、催告せずに直ちに契約を解除することができる。

解除権が行使されたときは、各当事者は、相手方を原状に復させる義務を負う。

解除したときであっても、債権者は、債務者に対して債務不履行を理由として損害賠償請求をすることができる。