使用者責任|雇い主の責任
2025年11月19日
書名: 税理士業務で知っておきたい法律知識
著者名: 森 章太, 出版社名: 日本実業出版社, 発行年月日: 2022年4月1日, 引用ページ: 不明, ISBNコード: 978-4-534-05917-8
所得税法基本通達45-5に、使用者や行為者に基因して損害賠償金などを支払った場合に、使用者が使用者や行為者に加入することができるかどうかが定められています。
本書では、「使用者が被用者の行為について損害賠償責任を負うのか?」「負うとした場合に、どのようなときに負うのか?」など、使用者責任(民法)について解説します。
1 使用者責任とは?
使用者が事業の遂行について第三者に不法行為(例、無断使用による手形振出し、自動車事故)により損害を加えた場合、使用者は第三者に対して損害賠償責任を負います(民715条1項、使用者責任)。使用者が責任を負う根拠は、被用者を用いて利益を上げていること(報償責任)と、被害の危険をつくりだしていること(危険責任)です。第三者(被害者)からすると、使用者(民709条)だけでなく、使用者に対しても損害賠償請求をすることができます。使用者の債務と被用者の債務は、連帯債務(3-6P190頁)の関係に立ち、いずれかが被害者に賠償すれば、他方の債務も消滅します。
なお、被害者は、使用者と加害者の関係にあるときは、使用者に対して債務不履行による損害賠償請求をすることもできます(民415条、1-9P70頁)。この場合、被用者の行為に対する評価は、使用者の免責事由(同条1項但書)の有無などにおいて考慮されます。
○損害賠償請求の関係
被害者 ↔ 被用者 - 不法行為責任(民709条)
被害者 ↔ 使用者 - 使用者責任(民715条) - 受約(債務不履行)責任(民415条)
民法715条(使用者等の責任)
1項 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
3項 前2項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
2 使用者責任の要件
被害者が使用者に対して使用者責任に基づく損害賠償請求をする場合の要件は、①被用者の行為が不法行為責任(民709条)の要件を充たすこと、②使用者と被用者との間に不法行為時に使用関係があったこと、③被用者の不法行為が使用者の事業の執行について行われたことです。
②の使用者には、個人事業者(自然人)だけでなく、法人(本節のCOLUMN 1)も含まれます。また、②の使用関係は、契約関係の有無は重要ではなく、実質的にみて使用者が被用者を監督すべき関係にあれば足りるとされています。例えば、元請負人と下請負人の被用者との間に使用関係が認められることがあります。
なお、使用者が相当の注意をしたときなどは損害賠償責任を免責されると規定されていますが(民715条1項但書)、実際に免責されることはほとんどありません。
3 使用者から被用者に対する求償権
損害賠償の支払いをした使用者は、被用者に対して求償権(償いを求める権利)を行使することができます(同条3項)。もっとも、使用者は、被用者によって被害の危険をつくりだし、利益を上げている使用者には、信頼により求償権の行使が制限されます。使用者が損害全額を負担すべき場合もあり得ます。
「使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対して、求償することができる」(判例)。
4 被用者から使用者に対する求償権(逆求償)
損害賠償の支払いをした被用者は、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、使用者に対して求償することができます(最高裁令和2(2020)年2月28日判決・裁判所Web)。
理由は、①報償責任及び危険責任の考え方は、使用者と被用者との内部関係にも及ぶ、②使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合と、使用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで、使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でないからです。
なお、被用者が損害全額を負担すべき場合もあり得ます。
COLUMN 1 法人の不法行為
法人の不法行為に対する損害賠償請求をするというような方法ではなく、直接、法人の行為として不法行為による損害賠償請求(民709条)をすることはできるのでしょうか。
法人に対する不法行為による損害賠償請求は、被害者が具体的な使用者の不法行為を問題とする必要がないというメリットがあります。
裁判所の判断は分かれており、法人に対する不法行為による損害賠償請求について、肯定するものと否定するものがあります。否定する学説は、法人について心理状態を観念できず法人の過失を論ずることができないことなどを理由として挙げています。
COLUMN 2 交通事故訴訟
令和3(2021)年度税理士試験の法人税法の計算問題では、交通事故に関する出題があり、損金処理した賠償金として、「取締役A氏の業務外の
交通事故による交通反則金8万円」、「使用人B氏の業務中の交通事故による交通反則金1万5千円」があると記述されています。交通事故訴訟は、令和元(2019)年及び平成27(2015)年度においても出題されています。
交通事故訴訟制度とは、自動車などの運転者の道路交通法違反行為のうち、飲酒運転、無免許運転などに悪質なものを除いたものの(反則行為)は、一定期間内に反則金を納めると、刑事裁判などが受理されないで事件が処理されるという行政上の特別な仕組みです。反則行為は犯罪であり、本来は刑事手続となりますが、大量発生する事件の処理の迅速化を目的として、この制度が設けられています。
反則行為は、交通反則金制度の適用を受けるか、拒否するかを選択することができます。拒否して反則金を納めなかった場合、必ずしも起訴されるわけではなく、不起訴処分になることもあります。
交通反則金を支払った場合、所得税法上、必要経費に算入することはできません(45条1項7号)。また、法人税においては、業務執行に関連して支払われたものに係る交通反則金は損金不算入、その他に係るものは対象となりません。
POINT 1
使用者が事業の遂行について第三者に不法行為により損害を加えた場合、使用者は第三者に対して損害賠償責任を負う。
使用者責任の要件は、①被用者の行為が不法行為責任の要件を充たすこと、②使用者と被用者との間に不法行為時に使用関係があったこと、③被用者の不法行為が使用者の事業の執行について行われたことである。
損害賠償の支払いをした使用者は、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対して求償することができる。
また、損害賠償の支払いをした被用者は、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる額について、使用者に対して求償することができる。
本書では、「使用者が被用者の行為について損害賠償責任を負うのか?」「負うとした場合に、どのようなときに負うのか?」など、使用者責任(民法)について解説します。
1 使用者責任とは?
使用者が事業の遂行について第三者に不法行為(例、無断使用による手形振出し、自動車事故)により損害を加えた場合、使用者は第三者に対して損害賠償責任を負います(民715条1項、使用者責任)。使用者が責任を負う根拠は、被用者を用いて利益を上げていること(報償責任)と、被害の危険をつくりだしていること(危険責任)です。第三者(被害者)からすると、使用者(民709条)だけでなく、使用者に対しても損害賠償請求をすることができます。使用者の債務と被用者の債務は、連帯債務(3-6P190頁)の関係に立ち、いずれかが被害者に賠償すれば、他方の債務も消滅します。
なお、被害者は、使用者と加害者の関係にあるときは、使用者に対して債務不履行による損害賠償請求をすることもできます(民415条、1-9P70頁)。この場合、被用者の行為に対する評価は、使用者の免責事由(同条1項但書)の有無などにおいて考慮されます。
○損害賠償請求の関係
被害者 ↔ 被用者 - 不法行為責任(民709条)
被害者 ↔ 使用者 - 使用者責任(民715条) - 受約(債務不履行)責任(民415条)
民法715条(使用者等の責任)
1項 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
3項 前2項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
2 使用者責任の要件
被害者が使用者に対して使用者責任に基づく損害賠償請求をする場合の要件は、①被用者の行為が不法行為責任(民709条)の要件を充たすこと、②使用者と被用者との間に不法行為時に使用関係があったこと、③被用者の不法行為が使用者の事業の執行について行われたことです。
②の使用者には、個人事業者(自然人)だけでなく、法人(本節のCOLUMN 1)も含まれます。また、②の使用関係は、契約関係の有無は重要ではなく、実質的にみて使用者が被用者を監督すべき関係にあれば足りるとされています。例えば、元請負人と下請負人の被用者との間に使用関係が認められることがあります。
なお、使用者が相当の注意をしたときなどは損害賠償責任を免責されると規定されていますが(民715条1項但書)、実際に免責されることはほとんどありません。
3 使用者から被用者に対する求償権
損害賠償の支払いをした使用者は、被用者に対して求償権(償いを求める権利)を行使することができます(同条3項)。もっとも、使用者は、被用者によって被害の危険をつくりだし、利益を上げている使用者には、信頼により求償権の行使が制限されます。使用者が損害全額を負担すべき場合もあり得ます。
「使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対して、求償することができる」(判例)。
4 被用者から使用者に対する求償権(逆求償)
損害賠償の支払いをした被用者は、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、使用者に対して求償することができます(最高裁令和2(2020)年2月28日判決・裁判所Web)。
理由は、①報償責任及び危険責任の考え方は、使用者と被用者との内部関係にも及ぶ、②使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合と、使用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで、使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でないからです。
なお、被用者が損害全額を負担すべき場合もあり得ます。
COLUMN 1 法人の不法行為
法人の不法行為に対する損害賠償請求をするというような方法ではなく、直接、法人の行為として不法行為による損害賠償請求(民709条)をすることはできるのでしょうか。
法人に対する不法行為による損害賠償請求は、被害者が具体的な使用者の不法行為を問題とする必要がないというメリットがあります。
裁判所の判断は分かれており、法人に対する不法行為による損害賠償請求について、肯定するものと否定するものがあります。否定する学説は、法人について心理状態を観念できず法人の過失を論ずることができないことなどを理由として挙げています。
COLUMN 2 交通事故訴訟
令和3(2021)年度税理士試験の法人税法の計算問題では、交通事故に関する出題があり、損金処理した賠償金として、「取締役A氏の業務外の
交通事故による交通反則金8万円」、「使用人B氏の業務中の交通事故による交通反則金1万5千円」があると記述されています。交通事故訴訟は、令和元(2019)年及び平成27(2015)年度においても出題されています。
交通事故訴訟制度とは、自動車などの運転者の道路交通法違反行為のうち、飲酒運転、無免許運転などに悪質なものを除いたものの(反則行為)は、一定期間内に反則金を納めると、刑事裁判などが受理されないで事件が処理されるという行政上の特別な仕組みです。反則行為は犯罪であり、本来は刑事手続となりますが、大量発生する事件の処理の迅速化を目的として、この制度が設けられています。
反則行為は、交通反則金制度の適用を受けるか、拒否するかを選択することができます。拒否して反則金を納めなかった場合、必ずしも起訴されるわけではなく、不起訴処分になることもあります。
交通反則金を支払った場合、所得税法上、必要経費に算入することはできません(45条1項7号)。また、法人税においては、業務執行に関連して支払われたものに係る交通反則金は損金不算入、その他に係るものは対象となりません。
POINT 1
使用者が事業の遂行について第三者に不法行為により損害を加えた場合、使用者は第三者に対して損害賠償責任を負う。
使用者責任の要件は、①被用者の行為が不法行為責任の要件を充たすこと、②使用者と被用者との間に不法行為時に使用関係があったこと、③被用者の不法行為が使用者の事業の執行について行われたことである。
損害賠償の支払いをした使用者は、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対して求償することができる。
また、損害賠償の支払いをした被用者は、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる額について、使用者に対して求償することができる。