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税理士の知識

競業取引と利益相反取引|利害の対立

2025年11月19日

書名: 税理士業務で知っておきたい法律知識
著者名: 森 章太, 出版社名: 日本実業出版社, 発行年月日: 2022年4月1日, 引用ページ: 不明, ISBNコード: 978-4-534-05917-8

顧問先の法人の取締役がその法人から金銭を借りるため、取締役に対対する貸付金として処理したという経験があるかと思います。
税務面からは、会社利益相反取引は役員給与と認定されるのではないかなどが気になりますが、法務面からは、利益相反取引の承認手続の有無が問題となります。
また、取締役が、法人の定款の目的に記載されているものの、現に行われていない事業を個人事業として行う場合には、競業取引の承認手続の問題となります。
平成30(2018)年度税理士試験の所得税法の計算問題では、「甲は、代表取締役であったA社を本年3月30日に退職したが、長年培ったノウハウを活かして本年5月1日から機械部品の販売業を開始した」と記述されています。仮にA社も機械部品の販売業を行っていた場合、甲の事業は競業取引として制約を受けるのでしょうか。
本節では、競業取引と利益相反取引(会社法)について解説します。

1 利益の対立
取締役は、会社の利益を犠牲にして、自己または第三者の利益を図ってはならない義務が当然に課されており、競業取引と利益相反取引は特に制限されています(会社356条)。

2 競業取引
(1) 競業取引とは?
取締役が自己または第三者のために行う会社の事業の部類に属する取引を「競業取引」といいます(同条1項1号)。
取締役が会社のノウハウや顧客情報を利用して取引を行い、会社の利益を害する危険が大きいため、競業取引を行うには、会社の承認手続(本節4)が必要とされています。
会社の事業の部類に属する取引とは、会社が現に行っている取引と、商品などが市場が競合する取引です。定款の目的に含まれているものの現に行っていない事業に属する取引は、原則として含まれませんが、進出を予定している事業に属する取引は含まれます。

(2) 会社の事業の機会の略奪
取締役を選任した後は、競業は原則として自由です。
(前略)競業取引と会社が競業の後も競業禁止の合意をすることはできますが、定款に有効と解するのは相当でなく、競業の範囲が合理的かつ必要な範囲を超える場合には、合意は、公序良俗に反し無効となるべきです。

3 利益相反取引
(1) 利益相反取引とは?
取締役が自己または第三者のために会社との間において行う取引(直接取引)、及び会社が取締役以外の者との間において行う会社と取締役との利益が相反する取引(間接取引。例、取締役の債務の保証)を「利益相反取引」といいます(同条1項2号・3号)。
会社と取締役の利益が相反するため、利益相反取引を行うには、会社の承認手続(本節4)が必要とされています。

(2) 規制の対象外
定型的に会社を害するおそれのない取引は、利益相反取引の規制の対象にはなりません。例えば、取締役から会社への贈与や、取締役から会社への無利息・無担保での金銭貸し付けは、規制の対象とはなりません。
また、会社の利益の犠牲者である株主全員の同意がある場合の取引も、規制の対象にはなりません。

4 競業取引と利益相反取引の承認手続
取締役は、競業取引または利益相反取引をしようとする場合には、取引について重要な事実を開示し、株主総会の普通決議(取締役会設置会社においては取締役会決議)による承認を受けなければなりません(会社356条1項、365条1項)。
取締役会において承認決議を行う場合、競業取引または利益相反取引を行う取締役は、特別利害関係人として議決に加わることができません(会社369条2項)。
取締役会設置会社においては、競業取引または利益相反取引を行った取締役は、取引後、遅滞なく、取引についての重要な事実を取締役会に報告しなければなりません(会社365条2項)。会社が適切な事後措置をとることを可能にするためです。

5 取締役の責任
競業取引または利益相反取引について、株主総会または取締役会の承認を得た場合であっても、会社に損害が生じたときは、取締役は任務懈怠による損害賠償責任を負うことがあります(会社423条1項、2-6P参照)。
利益相反取引の承認をせずに競業取引を行った取締役によって得た利益の額は損害の額と推定されます(同条2項)。会社が損害を証明することは困難であることや、推定により立証の負担が容易になります。
また、利益相反取引について会社が承認したときは、利益相反取締役や取締役会の承認決議に賛成した取締役などは、任務懈怠と推定されます(同条3項)。
利益相反取引のうち自己のために直接取引をした取締役の任務懈怠による損害賠償責任は、帰責事由がないことによって免れることはできません(会社428条1項)。

COLUMN 1 民法の利益相反行為の規制
(1) 代理人の利益相反行為の規制
代理人が本人の法律行為の代理人として、同時にその法律行為の相手方となること(自己契約)、及び当事者双方の代理人となること(双方代理)は、原則として無権代理とみなされます(民108条1項本文)。したがって、本人が追認をしなければ、本人に対して効力は生じません(民113条1項)。

また、自己契約及び双方代理に該当しない、代理人の利益相反行為も、原則として無権代理とみなされます(民108条2項本文)。例えば、代理人の債務を本人が代理人として本人に保証させる行為です。
なお、この民法108条は、会社の承認を受けた取締役の利益相反取引(本節の8)には適用されません(会社356条2項)。

(2) 親権を行う父母と子の利益相反行為の規制
親権を行う父母と子の利益が相反する行為については、親権者は、その子のために特別代理人の選任を家庭裁判所に請求しなければなりません(民826条1項)。例えば、親権者と未成年の子が共同相続人となる場合の遺産分割協議を行うときは、特別代理人が必要です。
また、親権者は、数人の子に対して親権を行う場合において、その1人と他の子との利益が相反する行為についても、その一方のために特別代理人の選任を家庭裁判所に請求しなければなりません(民826条2項)。
なお、この民法826条は、後見人と被後見人(3-1P121頁)との間の利益相反行為について準用されています(民860条)。

COLUMN 2 民法に反すると認識しながら
(1) 税理士の故意による不真正の税務書類の作成
財務大臣は、税理士が、故意に、真正の事実に反して税務代理若しくは税務書類の作成をしたとき、又は税法36条の規定(脱税相談等の禁止)に違反する行為をしたときは、2年以内の税理士業務の停止又は税理士業務の禁止の処分をすることができます(税理士法45条1項)。
故意とは、事実に反し、または反するおそれがあると認識して行うことをいうとされています。
依頼者が自らの営業上の利益を知らされていたにもかかわらず、その希望の接待交際費を計上したり、売上金額の一部を除外したりした場合等には、脱税の対象となります。依頼者から、真正の事実に反することが発覚しても税理士に対して損害賠償請求をしない旨の誓約書を取得したとしても、税理士法上の上記規定に違反することに変わりはありません。

(21) 弁護士の誠実義務と誠実義務
(1) 誠実義務
弁護士職務基本規程に、「弁護士は、真実を尊重し、信義に従い、誠実かつ公正に職務を行うものとする」と定められています(5条)。
弁護士法上、「弁護士は、社会正義の実現のため他の職務の地位から真実(事実)義務が課されています(以下、日本弁護士連合会中央境界協会倫理委員会編著『解説弁護士倫理基本規程』より)とされています。
民事事件の場合、弁護士は、真実を積極的に探求する客観的義務は負わないものの、客観的な真実に反することを知りながら、ことさらに自己(依頼者)の主張を展開して証拠を提出したり、あるいは相手方の主張を誤って反証を提出したりすることは許されないという消極的真実義務を負うとされています。
刑事事件の場合、弁護人(弁護士)は、客観的真実の発見に協力する積極的な義務を負いません。黙秘権が保障されている被疑者及び被告人(38条)に対して誠実義務(下記(2))を負う弁護人も、積極的な真実義務は負いません。しかしながら、弁護人は、裁判所及び検察官による実体的真実の発見を積極的に妨害し、または積極的に真実を歪める行為をすることは許されないという消極的な真実義務を負います。

(2) 誠実義務
弁護士法上、「弁護士は、依頼の趣旨に反する行為を行わない限り、人の権利及び法制度の改善に努力しなければならない」とされており(1条2項)、依頼者に対して誠実義務を負います。弁護士職務基本規程には、この規定を(前述のため)。
弁護士と依頼者の正当な権利・利益を誠実に擁護することによって、基本的人権が擁護され、社会正義の実現に寄与します。
弁護士は、法の専門家であり、公的な独占を有する職務であることから、通常の注意義務(民644条、2-6P142頁)を加重した誠実義務を負うと考えられています。

(3) 弁護士の依頼者との関係と誠実義務
真実義務と誠実義務は、両立することが多い。
例えば、刑事事件において、被告人が法廷で事件に関与しておらず無罪を主張しながら、弁護人との接見の中で事件への関与に対して事件への関与を告白した場合。

弁護人が主張するすることは誠実義務に反し、無罪主張することは真実義務に反するように思えます。
被告人が無罪主張を維持したいと述べる場合には、弁護人は、事件の見通しを十分に説明し、「(反省の情がないとの理由で)重い結果を導く可能性がある」ことを伝え、それでも被告人が翻意しない場合には、被告人の自己決定権に従った弁護活動をすることが誠実義務の内容として要請され、弁護人は控訴断念を強要させられるを得ません。

POINT 1

競業取引とは、取締役が自己または第三者のために行う会社の事業の部類に属する取引をいう。

利益相反取引とは、取締役が自己または第三者のために会社との間において行う取引、及び会社が取締役以外の者との間において行う会社と取締役との利益が相反する取引をいう。

取締役は、競業取引または利益相反取引をしようとする場合には、取引について重要な事実を開示し、株主総会の普通決議(取締役会設置会社においては取締役会決議)による承認を受けなければならない。

競業取引または利益相反取引について、会社の承認を得た場合であっても、会社に損害が生じたときは、取締役などは任務懈怠による損害賠償責任が生じることがある。