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税理士の知識

遺産分割の対象|何を分けるのか?

2025年11月19日

書名: 税理士業務で知っておきたい法律知識
著者名: 森 章太, 出版社名: 日本実業出版社, 発行年月日: 2022年4月1日, 引用ページ: 不明, ISBNコード: 978-4-534-05917-8

遺産分割の対象となるのは、被相続人の相続開始時のすべての財産ではありません。
本節では、誤解されることが多い遺産分割の対象(民法)について解説します。

1 遺産分割の対象
遺産分割の対象となるのは、①相続開始時に存在し、かつ②遺産分割時にも存在する未分割の遺産です。
①だけでなく、②(及び③)も充たすものが対象となります。

2 相続開始後・遺産分割前に処分された遺産
従来、相続開始後・遺産分割前に相続人などによって処分された遺産は、共同相続人全員の同意がない場合には、遺産分割の対象から除外され、遺産分割手続内で、処分者に対して、不当利得または不法行為に基づく金銭賠償の請求をする他ないと考えられていました。
しかしながら、民法改正により、令和元(2019)年7月1日以降に開始した相続については、共同相続人の全員の同意があれば(ただし、処分したのが共同相続人であるときは、その共同相続人の同意は不要)、処分された財産が遺産分割時に遺産として存在するものとみなすことができるようになりました(民法906条の2)。
処分された財産が遺産として存在するものとみなすのであり、処分による代償財産(例、遺産を売却した代金)を遺産として扱うのではないことに注意が必要です。

3 遺産の代償財産
遺産の代償財産(例、遺産を売却した代金、遺産建物が焼失したことによって受け取った損害保険金)は、各共同相続人が自己の相続分に応じて取得するので、遺産分割の対象とはなりません。
ただし、共同相続人全員の同意がある場合(処分した相続人の同意も必要)には、遺産分割の対象となります。
なお、代償財産を遺産分割の対象とする場合、民法906条の2(本節の2)に基づき、処分した財産が存在しているものとして扱うことはできません。

4 可分債権
可分債権(例、貸付金)は、法律上当然に分割され(民法427条)、各共同相続人が法定相続分に応じて権利を承継するので、遺産分割の対象とはなりません。
ただし、共同相続人全員の同意があれば、遺産分割の対象とすることができます。
なお、預貯金債権は可分債権ですが、例外的に、同意の有無にかかわらず、遺産分割の対象となります。

5 相続開始前に被相続人以外の者によって戻された相続財産
相続開始前に被相続人以外の者によって払い戻された被相続人の預貯金は、相続開始時に存在しないので、遺産分割の対象にはなりません。仮に、被相続人が払い戻した者に対して不法利得または不法行為に基づく金銭賠償をしていても、金銭債権は相続開始時に確定的に応じて応分に分割されるので(本節の2)遺産分割の対象にはなりません。
ただし、相続開始前に払い戻された預貯金は、共同相続人全員の同意があれば、遺産分割の対象とすることができます。

6 遺産不動産から生じた賃料
遺産である賃貸不動産から(遺産分割までの間に)生じた賃料は、遺産とは別個の財産であるため、遺産分割の対象となりません。各共同相続人が自己の相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得します。つまり、賃料は、遺産分割の対象にはなりません。
不動産は独立した財産であり、各共同相続人は法定相続分に応じて対価を取得できます。
ただし、共同相続人全員が同意した場合には、遺産分割の対象とすることができます。
税理士試験の所得税法の令和元(2019)年度の計算問題では、(相続開始後)遺産分割協議が成立するまでに遺産不動産から生じた賃料(不動産所得)の帰属が問われています。
また、平成26(2014)年度の計算問題では、「相続財産に賃貸中のアパート(以下「B建物」という。)があったが、相続税による相続財産分割で確定したのは、本件で2月1日である。B建物は、遺産分割によりAが100%取得している。」、「法定相続人は姉と乙の2名である。」、「本年のB建物に関する損益計算は、次のとおりである。この損益計算は、遺産分割確定前の損益も含まれる」と記述されています。

7 可分債務
相続債務は、可分である限り(例、借入金)、相続開始と同時に各相続人に法定相続分(または指定相続分)に応じて分割承継されるので(民法427条、分類主義)、遺産分割の対象にはなりません。
ただし、共同相続人全員の同意があるときに、家庭裁判所の遺産分割審判において遺産分割の対象として取り扱うことができます。同意があっても、遺産分割審判では取り扱うことはできません。
なお、共同相続人間で協議して相続債務の負担について合意することはできますが、相続債権者にはその合意の効力は及びません(民法902条の2類推)。相続債権者は、各共同相続人に対して法定相続分に応じた金額の請求をすることができます。

COLUMN 1 相続税申告書の管轄税務署と遺産分割調停の管轄裁判所
相続税申告書の提出先(管轄)は、被相続人の死亡時における住所が日本国内にある場合は、被相続人の住所地を所轄する税務署です。
これに対して、遺産分割の調停の申立書の提出た先(管轄)は、原則として、相手方相続人の住所地を管轄する家庭裁判所となります。

COLUMN 2 生命保険金と死亡退職金(総論)
生命保険契約者が被相続人、被保険者が被相続人、相続人が特定の者の場合に、保険金が支払われます。保険金は、相続人の固有財産であり、相続財産ではありません。また、死亡退職金も、受取人の固有財産であり、相続財産ではありません。
これに対し、相続税法上は、生命保険金と死亡退職金は、みなし相続財産となります(相続3条)。

POINT 1
遺産分割の対象となるのは、①相続開始時に存在し、かつ②遺産分割時にも存在する未分割の遺産である。

令和元(2019)年7月1日以降に開始した相続については、共同相続人の全員の同意があれば(ただし、処分したのが共同相続人であるときは、その共同相続人の同意は不要)、相続開始後に処分された財産が遺産分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。

遺産の代償財産、可分債権(預貯金債権は除く)、相続開始前に払い戻された預貯金、遺産不動産から生じた賃料及び可分債務は、原則として、遺産分割の対象とはならない。ただし、共同相続人全員の同意があるときは、遺産分割の対象となる。