税理士の知識

特別受益|遺産の前渡し

2025年11月19日

書名: 税理士業務で知っておきたい法律知識
著者名: 森 章太, 出版社名: 日本実業出版社, 発行年月日: 2022年4月1日, 引用ページ: 不明, ISBNコード: 978-4-534-05917-8

遺産分割において、相続人全員の合意があれば、相続人の中、1人に対して遺産の全部を取得させるという相続分と異なる割合で分割することもできます。一方で、相続人間で争いが生じた場合には、(法定相続分や指定相続分ではなく)具体的相続分により分割になります。具体的相続分の算定にあたっては、「特別受益の持戻し」を考慮します。
令和2(2020)年度税理士試験の相続税法の計算問題では、被相続人の課税価格に加算される財産の価額として贈与財産に関する資料として、「被相続人から生計の資本として生前贈与を受けた状況」が記述されています。
試験問題では、相続財産の取得者が既に決まっていますが、争いが生じた場合には、被相続人から生計の資本として生前贈与を受けたことは、特別受益の持戻しにより具体的相続分を影響します。
本節では、特別受益(民法)について解説します。

1 特別受益の持戻し
相続人の中に、被相続人から遺贈(3-22(2)p.271参照)を受けたり、生前贈与を受けたりした相続人がいた場合に、遺産分割において、その相続人が法定相続分に基づいて相続財産をさらに取得すると、不公平になります。
そこで、遺贈または一定の贈与による特別受益を相続分の前渡しとみて、みなし相続財産(具体的相続分の算定の基礎)を算定します(民法903条)。
みなし相続財産に法定相続分を乗じた価額を相続財産の価額に持戻して(加算して)、みなし相続財産に法定相続分を乗じた価額を相続財産(または指定相続分)に応じて各相続人に分配します。そして、特別受益を受けた相続人については、その受益額を控除した残額をもって、具体的相続分を算定します。

民法903条(特別受益者の相続分)1項 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。

○具体的相続分の算定
①みなし相続財産
相続開始時の相続財産(遺贈分を含まない)
+ 特別受益の対象となる生前の贈与
②上記①×法定相続分(または指定相続分)
-特別受益となる遺贈・贈与の価額

2 特別受益の種類
(1)遺贈
遺贈は、常に特別受益になります(民法903条1項)。
特定の遺産を特定の相続人に相続させる旨の遺言は、原則として、遺贈ではなく遺産分割方法の指定ですが、特別受益の規定においては、遺贈と同様に扱われます。

(2)生前贈与
ア 概要
婚姻・養子縁組のため、または生計の資本としてされたものが特別受益になります(同条1項)。特別受益は、相続財産の前渡しとみられるか否かを基準として判断します。
なお、遺留分(3-22(4) p.274参照)を算定するための財産の価額に計算し、加算される贈与は、受贈者が相続人であるものに限られず、また贈与の内容も問われません。ただし、加算対象となる贈与には期間制限があります。
相続人である場合には、原則として相続開始前の10年間にしたものに限られます(民法1044条3項)。遺留分に対して、特別受益の時期の対象となる贈与は、相続人に対するものに限定され、贈与の内容も限定されるものもありますが、期間制限はありません。

イ 婚姻・養子縁組のための贈与
特別受益となる婚姻のための贈与は、持参金などです。これに対して、挙式の費用は、相続財産の前渡しとはいえないため、特別受益にはなりません。

ウ 生計の資本としての贈与
特別受益となる生計の資本としての贈与は、生計の基礎として利用される財産上の給付をいいます。
高校卒業後の教育(例、大学)の学費の支払いは、扶養義務の履行に基づく支援とみることができるため、一般的には特別受益には該当しません。
居住用不動産の贈与やそのための金銭の贈与は、特別受益となります。
遺産である土地の上に相続人が被相続人の許諾を得て建物を建て、その土地を無償使用している場合、土地使用借権の利益が贈与があったものとして、土地使用借借権相当額(更地価格の1/3~1/2程度)の特別受益を受けたものとされます。
これに対して、相続人が被相続人の所有建物に無償で居住していたとしても、建物使用借権は特別受益にはなりません。相続財産の前渡しという性格が希薄なことなどが理由です。

3 特別受益の評価
(1)特別受益の評価基準時
生前贈与が特別受益に該当する場合、みなし相続財産の算定にあたり、贈与財産の相続開始時の評価額を加算します。
具体的には、贈与財産が金銭の場合、贈与時から相続開始時までの貨幣価値の変動を考慮するに足りず、消費者物価指数などを参考にして換算した上で算定します。
贈与財産が建物の場合、贈与時の建物や設備を用いて、相続開始時に評価します。
すると仮定して算定した価額を算定します。相続開始時の中古建物として交換価値を算定するものではありません。

(2)贈与財産の価額の増減など
贈与財産が受贈者の行為により滅失または価格の増減があったときは、相続開始時に現状のまま存在するものとみなして、相続開始時の評価額を加算します(民法904条)。
他方、贈与財産が不可抗力によって滅失した場合(例、贈与建物の地震による倒壊)には、特別受益の相続においては、相続人は贈与を受けなかったものもみなされます(同条の反対解釈)。

4 相続税における生前贈与の課税関係
特別受益の持戻しと評価差額や評価損の限界や評価益などが認められやすいのが、相続税の計算における課税価格への贈与財産の価額の加算です。
贈与財産のうち相続開始前3年以内の被相続人からの贈与について(相続税法19条1項)、精算課税の選択に係る贈与財産(相続税法21条の15)、贈与時精算課税の選択に係る贈与財産のうち、贈与財産の価額を加算します(相基通19-1、21の15-2)。

5 超過特別受益
特別受益が相続分を超過する場合(具体的相続分額がマイナスとなる場合)には、超過分を他の相続人に返還する必要はなく、相続財産(遺贈財産を除く)から新たに財産を取得することができないに止まります(民法903条2項)。

6 持戻しの免除
被相続人は、明示または黙示の意思表示によって特別受益者の受益分の持戻しを免除することができます(同条3項)。
例えば、独立した生計を営むことができた相続人に対して、生活費の援助がなされた場合の贈与、当然の持戻しの免除の意思があるものと認められることがあります。
被相続期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、居住用不動産を遺贈または贈与したときは、被相続人は、その遺贈または贈与について持戻し免除の意思を表示したものと推定されます(同条4項)。
いて、特別受益の持戻しを免除する旨の意思表示をしたものと推定されます(同条4項)。

COLUMN 生命保険金と死亡退職金(後編)
生命保険金は、受取人が保険契約上の請求権として取得するものであり、相続財産ではありません(3-17 COLUMN2 p.253参照)。しかしながら、他の相続人との間に生ずる不公平が民法上の原則に照らし到底容認することができないほど著しいものであると評価すべき特段の事情がある場合には、例外的に特別受益に準じて持戻しの対象となります(判例)。
特段の事情の有無については、保険金の額、この額の遺産総額に対する比率のほか、被相続人との同居の有無、被相続人との介護に対する貢献の度合いなどを考慮して判断します。
これに対し、死亡退職金については、受給権者の生活保障を目的とするものであるから特別受益の持戻しの対象にするべきではないという見解と、資金の拠出者が性質を有するものであるから持戻しの対象とみるべきであるという見解があります。

POINT 1
遺贈または一定の贈与による特別受益を相続分の前渡しとみて、具体的相続分を算定する。

遺贈は、常に特別受益となる。

生前贈与のうち、婚姻・養子縁組のため、または生計の資本としてされたものが特別受益になる。特別受益には、被相続人の扶養義務の範囲とみられるものを基準として判断する。

生前贈与が特別受益に該当する場合、みなし相続財産の計算にあたり、贈与財産の相続開始時の評価額を加算する。

被相続人は、特別受益者の受益分の持戻しを免除することができる。